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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」①



 投稿者  安宅 関平

 さて、ここからは2018年2月20日投稿より先送りしてきた2011年6月リリースの、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」について触れてみたい。

 このアルバムは、第四次の脱皮で新境地の芸と感じられた最初のものである。そして、島津亜矢さんの芸に関するあらゆる面で、変化をもたらしたアルバムではないかと思われる。
 その新境地の特質は、いくら時間が経過しても色あせない芸が確立したということである。しかも、落ち着いた明るさで安らぎを感じる芸になっている。それは、底流に流れている慈愛の魅力によるものであろう。ということは、この芸はその場しのぎの芸ではないことの証である。

 ところで、従来より島津亜矢さんの芸は、力強さと哀愁を伴った類(たぐい)の重々しい芸で楽しませる割合多く、明るく安らぎを感じて楽しめる芸が割合少ない印象をもっていた。
これは、ひ弱な女歌よりも男歌のように活気にあふれ、力強い重量感のある芸が性に合っているのか、あるいはそうした芸が好きなのか、そのあたりはよく解からない。
そうした印象のなかにあって、このアルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」は、性に合わない女歌の楽曲で埋められている。性に合わないはずの楽曲が合うように歌われているのである。これが従来からのイメージを覆す効果を放つことになっている。
と云うことは、強さと優しさの同居した芸として発展しているのである。
これは明らかに脱皮の成果であろう。
こうした現象を、ある音楽評論家は「ひとかわむけた島津」と評価して称(たた)えている。

 このアルバムを初めて耳にしたときの印象は、ベートーヴェンの交響曲第五番「運命」の第2楽章に似たものであった。
良い意味で大きなショックを覚えた。
それは、島津亜矢さんの芸風が、このアルバムで「運命」に表現されているものに近い感を受け、同時に今後、この芸風が「運命」の第3楽章、第4楽章に表現されているところへと進展していくような感性が働くものだったことである。

 クラッシック音楽の鑑賞は「運命」から始まり「運命」で終ると言われている。それは、「運命」の楽曲構成を知ることでクラッシック音楽全体をも理解しやすく楽しみやすいからである。
この理解がしいては、島津亜矢さんの目指している芸質を解かりやすくしてくれるのである。芸質が解かれば、芸風を読み取れやすくなると思われる。

 では、「運命」の表現とはどのようなものかである。
 そこで「運命」の内容を、楽曲を構成している四つの楽章の表現から見てみたい。
 第1楽章におけるあの重く暗い音色は、運命に翻弄(ほんろう)される人間の苦悩を表している。
 第2楽章は、一転明るい曲調でつかの間の安らぎを感じる。だが、苦悩は解消されてはいない。
 第3楽章は、そのため再度、重苦しい曲調が続く。
 第4楽章に入ると、再度一転、開放的で晴れやかな曲調が展開されて心地よい気分を抱かせて終っている。
 これによって、楽曲が「暗・明・暗・明」の構成になっていることが解かる。
これが「運命」の楽曲構成であり、交響曲の基本形でもある。
実際に楽曲を聴けば、こうした展開が直感できるものと思われる。
 ベートーヴェンは、こうした楽曲構成の「運命」で、「このように苦しくとも頑張れば報われる」ことを表現しているのである。

 だが、これが島津亜矢さんが目指している芸質や、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」とは、どうして結びつくのかである。
 まず第一は、目指している芸質との結びつきである。
それはアルバムの芸質が、重厚な第1楽章から安らぎを覚える第2楽章に入ったことを感じさせることである。
つまり、芸質が「暗」から「明」に変ったことである。
だからといって、重厚さ基調の芸風のすべてが変った訳ではない。ひと時の安息を加えただけの感じである。
この安息の期間に「暗」である重厚さの芸に「明」である安らぎを塗(まぶ)した芸風を練り上げることになるのである。
それをもって、第三楽章の「暗」の時期到来に備えるものである。
ところが、この第三楽章の「暗」は、第一楽章の「暗」よりもはるかに高度で高級な芸風となるものと思われる。それは重厚さに安らぎを加味したものだからである。そのため第三楽章は苦悩と努力が伴われ、最も苦しい時期になろう。
その試練を乗り越えると第4楽章の時期が待っている。
この時期は「無」の境地に近い芸風が完成することで、苦から開放される。それは開放的で晴れやかな芸となるものと思われる。
 これが島津亜矢さんの芸風が、「運命」に表現されているものに近いとしたことの内容である。

 次に第二は、アルバムと「運命」との結びつきである。
それは、このアルバムは慈愛の優しさを主体とした歌調群として、従来よりの重厚な歌調群の芸の中へ分け入り、重厚な歌調群と対等な足場を固める機会になったという印象を持つものになっている。
そのことで、島津亜矢さんの芸のイメージが、マイルド化してノーマルなものに感じやすくなったことである。

 そこで、次稿では芸のイメージを変えたアルバムの内容について触れてみたい。


 雀二羽巣作りなのかせわしなく 屋根のすきまに顔をのぞかす





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