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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑧~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑩-⑨~「芸を極める道」・その出発点⑧-⑦「姿月あさと・島津亜矢ジョイントコンサート」にみる芸への愛(中)

 

投稿者  安宅 関平

 前稿に続いて、島津亜矢さんの芸に対する「愛」を追ってみたい。
 本稿においては、芸に対する「愛の形」ついて考えたいと思っている。
そこで過去の印象深い舞台芸を、2件ばかり採り上げてみる。
この2件の舞台芸では、芸の進歩した姿が鮮明に見られるからである。
それは、芸に対する「敬意」の変遷の中に現れている。
「敬意」とは「愛」の一種である。その「愛」をある芸人さんを媒体にして透かしてみると、その姿が分かりやすく見えて来る。

 その舞台芸の一つ目は、2009年3月15日、NHK放映の「BS日本の歌」での、北島三郎さんとの競演である。
この舞台で島津亜矢さんは、6曲披露している。そのすべてが歌そのものに「愛」の充実性を追い求めている。
「愛」の充実性とは、歌心が聴く者の心の底に届くことである。
そのためか、6曲すべてが「愛」のエナージーを感じさせるものであった。
中でも強く印象に残ったのは、北島三郎さんとの楽曲「まつり」のコラボレーション歌唱である。
それは、音階のキーを相手に合わせながらも見事にこなし、観客に感動を与えている。
そこに見られた「愛の形」は、精魂を込めた歌唱振りである。それは、自分の力のすべてを出し切り、歌い終った後は肩で息をつく始末である。その苦しさに顔をしかめながら、気を引き締め直して、しっかりと客席に一礼している。そこには、力の限りを尽くした後の満足感に似た快感の表情にも似たものがあった。そして最後に、「今日の日を有難うございました。本当に宝物です」と、こころからの謝意を北島三郎さんに対して述べている。
そのさまは、まるで幕下力士が稽古場で横綱に挑戦し、跳ね返された後の姿に似ていた。そしてそれは、嬉しさを胸に「ごっつあんでした」と一礼して土俵を降りるその姿とも重なるものだった。実に礼儀をわきまえた好感の持てる態度だった。
この舞台は島津亜矢さんにとって、一口で言えば「芸に対する愛」の表現の充実性を充たせた舞台だったようである。
 この時の北島三郎さんは、この若い闘志を一旦、胸でしっかりと受け止め、随分と力がついてきていることを実感している。それは芸に力が入った真剣さでよくわかる。
しかし、最後にいま少しの努力が必要だと、満面の笑みの中にも一瞬、跳ね返す如き眼差しをみせている。
あの眼差しは獅子が我が子を谷に突き落とす姿にも似ていた。この瞬間が横綱に跳ね返された幕下力士の場面とダブって見えたのである。
というのもこの時期の島津亜矢さんは、北島三郎さんと同じ舞台による競演の感激や、「愛」の充実性の披露に精一杯であったようである。
そのためか、歌は上手くは歌っていても歌芸に対する「愛」の一体感はいまひとつ不足の感がある。それは島津亜矢さんの「歌唱力」が卓越しているだけに、卓越した歌に対して「愛」がまだ伴なえず、遅れをとっているためだということを指すものであった。言葉を変えれば、思春期に生じる心と身体の不均衡な状態と同様の現象を北島三郎さんは芸の中に感じとっていたようである。この是正には、成長が先行している身体に見合う心を磨くしかないことを伝えたかったものと思われる。
素人目には素晴らしい芸として堪能しても、北島三郎さんはそのあたりを厳しく見ていたのである。そこには73歳とは言え、まだ往年の力量は充分に残っていた。

 その舞台芸の二つ目は、それから8年という時間の経過をみた2017年10月29日、谷から這い上がった島津亜矢さんの舞台姿である。
この舞台では、歌だけでなく舞台全体に対する「愛」の充実性を追い求めている。
それは、NHK放映の「新BS日本の歌」での北島三郎さんとの共演である。この舞台では3曲披露している。
この3曲とも、もはや以前とは違い、「芸に対する愛」の充実性と「歌唱力」が均衡の取れた芸になっていた。そのためか、力強い芸に無理と無駄がなくなり、力強さからくる刺々(とげとげ)しさが影を潜めている。その分だけ柔らかさが増し、やさしさに恵まれ、自然に心に残る歌唱へと変わっていた。
この変化こそ、芸の正道を歩む芸人の進歩の第一の証である。
ここで印象深かったのが、島津亜矢さんと北島三郎さん、それに大江裕さんを交えた3者での、楽曲「北の漁場」のコラボ披露である。
この芸は、谷へ落とされた獅子がたくましく成長して、谷から這い上がったその根性の真骨頂をみせるものであった。
それは精一杯の芸で、力の限りを尽くし肩で息つく場面は、以前と同様であったが、その息づかいは以前とは違う味をだしていた。
その違う味とは、表面上の舞台構成や形式上の所作等はさておき、観客や視聴者に北島三郎さんを中心とした芸を楽しませる主導的役割を、島津亜矢さんが担ったことである。
これは大変難しいことである。この難しさへの挑戦は、あの控えめな島津亜矢さんにしては、珍しいことである。
それというのも、体調を崩して1年2ヶ月ぶりの登壇となる北島三郎さんを気遣いながらも、北島三郎さんの芸風にふさわしい、力強さと華やかさを演出する舞台に努める意気込みは、凄まじい迫力をみせていた。この挑戦こそ、芸の正道を歩む芸人の進歩の第二の証である。

 これらの二つの証にみる前回との違いは、舞台で果たした役割のスケール感の違いである。
この違いの要因は、受動的な「場の期をみる」鋭さから、さらに踏み込んで、能動的な「場の機を創りだそう」とする技芸を身に付けようとしていることにある。そこに大きな余力が見い出される。まだこれは完成しているものではないが、これは大変高度な技芸で、人格の秀でた芸人の出す味の証ではないかと思われる。
 前回の2009年の舞台は、芸を上手に披露することに意義があった。そして舞台の主導権は北島三郎さんに預けられ、そこに島津亜矢さんの控えめの美徳の良さが出ていた。
だが、今回は島津亜矢さんが実質的に主導して芸を進め、舞台を盛り上げるものだった。そこには、無理なく、無駄もなく、情を前面に出しながらも立ち振る舞いも自然で、その役割を見事に勤め果たした。
 この時の北島三郎さんの眼差しは、「良くぞここまで這い上がって来たものだ。嬉しいぞ。この後(のち)の歌謡界は、精進するお前さんに任せたい」如きの、満足感にあふれるものであった。
この舞台では、島津亜矢さんは一口に言って、「愛」を以って魅せる舞台を創り上げたようである。
ということは、芸にたいする精一杯の取組み姿勢は変わらないながらも、その内容に「愛の形」の大きな変化をみたのである。

 またそれは奇せずして、そこに精進してたくましく成長し峠を登る者と、老いにかなわず峠を下る者の、現実の姿を見ることにもなった。
島津亜矢さんは、その現実を厳粛に受け止めていた。
それは、舞台を努めている様子に終始現れた。
その思いは、北島三郎さんの芸能活動が長く続くよう祈る気持や、まだ学びたいことが山ほどあるとの思い、それに、変わることのない尊崇の念などであろう。こうした思いはすべての場面の仕草や態度に滲んでいた。そしてそこには、一種の悲壮感に似たものまでが漂って感じられた。

 こうしたものを漂わせられるほどに芸の魅力の幅を広げた要因は何であろうか。
 それは、女性ながらも、日常生活の中に「義」や「情」を重んじていることにある。その姿が舞台の上に表れたのである。
言い換えれば、人格性の深さがつい、ほろりと出たのである。

 そこで、苦を友とするとか、努力を快楽に感じるとか、というところまで精進を重ねることで、芸の正道が開けてくる。
その正道の開けるところに芸が成長してゆく源がある。
その最も大切な基盤になっているのが、芸を愛することと、人を愛することであることを、この二つの舞台は物語っている。
 この二つの舞台に共通しているのは、この「愛」である。そして違っているのも「愛」である。2017年10月29日の舞台での「愛」には、2009年3月15日の舞台での「愛」よりも広がりと深さがある。この「愛」の広さと深さは、谷から這い上がったたくましさによって得たものである。
この二つの舞台は、北島三郎さんの影を透かしてみると、成長してゆく島津亜矢さんの「愛の形」をみる最もふさわしい事例だろう。


 せせらぎの流れのなかの山紅葉 眠り近づく裾野粧(よそお)う




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