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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑦~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑤-⑦-②~イノベーションの環境と変遷⑨-②演歌業界衰退の要因



 投稿者  安宅 関平

 ところで今日の芸能にイノべーションをもたらすであろうその担い手は、次々と現われる芸能を志望する若き人材である。
その人たちは、新しい発想と漲(みなぎ)るエネルギーで、技芸のイノべーションに挑戦する。
10年、20年、30年と長期間の努力と辛抱を重ねながら、前へ進む者、後ろへ退く者の浮き沈みを繰返し、技芸の切磋琢磨が図られる。その結果の芸能が、大衆に支持され、それが集約されて、新しい芸能の基軸が出来上がるのである。
そうした新しい基軸を獲得した若者達は、その基軸を背負い前進し、次に輩出されてくる次世代の若い人材にバトンを渡して、自分の役目を果たし終えていく。バトンを渡された次世代の人材も、またさらなるイノべーションたる技芸に挑戦して同じようにそれを繰返すのである。島津亜矢さんもその中の一人である。
 このように、芸能の発展の流れが、過去から現在を経て将来へと引き継がれて続いていく。その中で大衆は、生活のソフト面において、心を癒(い)やし、生きる希望を膨らませるのである。
こうした展開が、イノべーションで芸能が変遷してゆく現象かと思われる。

 ところで、芸能が、イノべーションによって、技芸の新基軸を作り出す流れは、芸能発展には必然であり、自然な流れでもある。この流れに添っていけば、必ず芸能は進歩し、発展と繁栄が図られるのである。
 というのは新基軸の芸とは、競争原理の下で切磋琢磨して鍛え上げられた技芸の中から、一般大衆の支持によって新しい芸の基軸ができるということだからである。
この意味することは、芸能の新基軸を確立する要(かなめ)に、一般大衆がいるということである。それは、芸能も一部の特権階級のものから大衆の手元へ移され、大衆の支持なしには存続できなくなっているからである。
大衆が、「支持」という魔法の鍵を持って新基軸に参画することで、新基軸の基盤が確立し、芸能が時代の変遷に伴って発展できる扉が開くのである。
ということは、大衆が芸能鑑賞する軸足をどこに置くかで、芸能の発展や変遷の方向性が定まるご時世になっているということでもある。その意味では、芸が良き方向に進むも、妖しき方向に進むも大衆の意思しだいと云うことにもなる。どちらの方向に進むにせよ、その結果責任は大衆がもつことになるのである。
このあたりが、世阿弥の「衆人愛敬をもって、一座建立の寿福とせり」とした芸に対する姿勢に通じている。

 ところが、こうあるべき芸能界のなかで、演歌・歌謡曲の分野では、近年、少し事情が違っているようである。
 では、近年事情が違うとはどういうことかである。
 演歌・歌謡曲という分野が誕生したのは昭和の時代である。昭和の時代は、この芸能分野において技芸を切磋琢磨する自然な流れが、技芸のイノべーション現象をしっかり引き寄せ、それによって新基軸が次々誕生した。その結果、大衆は盛り上がり、業界も輝き栄えていたと云えよう。
ところがその後、どういう訳か、「この流れに背(そむ)く棹(さお)を差す族(やから)が現れた」としか思えないほど、極端に大衆から見放され、これほどまでに衰退の道をたどるとは、信じられないことである。このような劣悪な業界は他に、米作の農林業しか見当たらないように思える。
 というのも、日本レコード協会の統計情報によると、音楽ソフトの売上金額は、1998年(平成10年)には6074億円だったが、干支(えと)が一回りしたあとの、2010年(平成22年)には2836億円と3000億円以上の下落で、市場規模は半分以下に激減しているのである。その激減の大部分を演歌・歌謡曲の分野が占めている。こうした現象はいま現在でも続いている。
 これについては、いろいろと尤(もっと)もらしい理由が、上げられている。
それは、若年層の音楽購入の減少とか、携帯によるダウンロード販売の増加とか、音楽以外の娯楽コンテンツの多様化とか、等々である。
こうした衰退要因をみると、そこにあるのは業界の外部要因ばかりが列挙されている。だが、この外部要因が衰退の本質的要因とは思えない。
というのも、若年層の購入減少と言うが、彼等は新鮮で斬新な魅力があればいくらも購入に向うだろうし、ダウンロードについても、これは一時的現象でその後は減少傾向にある。娯楽コンテンツの多様化は個人の個性化により当然の現象だろうが、これも楽曲に魅せるものがあればいくらもその個性は振り向いてくれる性質のものである。その意味では羅列された衰退要因は、見方によって衰退の責任を、外部へ転嫁しているようにもみえる。
 では、衰退の主たる要因はどこにあるのかである。
それは、現代人とって魅力的な楽曲を作る人や、魅力ある歌い手がいない、いわば人材の不足や人材の質の低下という業界内部に要因があるように思われる。特に歌い手については、良い素質をお持ちと思われる人材が、その素質を十分に発揮されずにいるという現状も見受けられるように思える。
 こうしたことは業界内の細部の事情もあろうが、域外の素人筋からすれば、業界の怠慢と解しやすく、そのそしりは免れないと思われる。
その原因について、以前(2015年10月25日の投稿 http://atakanoseki.blog.fc2.com/ )においても触れてみたが、次稿で視点を変え具体的事例を挙げて、このことを再検討してみたい。


 藤袴こぼれもみじを枝で受け 誰を呼ぶのか香りかすかに




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