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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑧~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑧-④-③~「芸を極める道」・その出発点⑳-⑧「イヨマンテの夜」 美の立体化 (下)



 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの三重構造の芸で、内堀の花に気付いた歌唱の第8話である。

島津亜矢さんの芸の特質は、楽曲に込められた内容や情景が、聞く者の脳裏に立体的な映像として映し出されることにある。それは聞く者の心に心理的余裕を与えているところからきている。そして、その余裕を与えるための「匠の技」を数多くもっている。この技が、芸の良さを長引かせる命に結びついているようである。

 ところで、その芸の命となる「余裕」の本体は、芸の大黒柱である「ある信念」の影法師ではないかと思われる。その影法師は、脇目も振らない一所懸命さや真摯な取組み姿勢に形を変えて芸に紛れ込み、観客の前に現れてきているのであろう。しかも一度現れた後はそれは崩れないし、消えることはない。
この崩れないことや、消えないのは、芸心の根底に揺るぎない「ある信念」が、その影法師を支えているからである。
だから歌唱に、干天(かんてん)の慈雨(じう)にみるごとき、真心に似た深みと重みを感じるのである。その慈雨にみる真心からにじみ出る下向さが、聴く者の心の襞(ひだ)に張り付き、心の凹凸を平らに均(なら)してくれる。
心の凹凸を平らに均(なら)すと、心に空間ができる。この空間が「余裕」となって感性を豊かにするのである。そして、豊かになった感性は、素早く芸の芯をとらえるから、それが楽しさに直結する。また他方で、その「余裕」は、豊かになった感性で受けた情景を、立体感のある映像として脳裏に反映させる。その映像が歌唱をより生き生きと感じさせるのである。観客はそこに「秘すれば花」を見い出し、魅力を感じてその芸に取り付かれるのである。

 そこで大事なのは、歌唱に感じる深みと重みの内容である。
それは、歌声から感じられるものである。しかし、実は、声そのものに深みと重みがあるわけではない。そのように感じるのは錯覚ではないかと思われる。ここに歌芸人の「匠の技」の凄みがある。
感じる深みと重みは、声の強弱、伸び縮み、音程の安定感、音域の広さ、等々の技(わざ)という「魅力」と、それに、歌に対する愛慕の情を持つ「人格」という人間性から生まれているのである。
そうした技の「魅力」や情を持つ「人格」も、やはり「ある信念」から転化して生じているものと思われる。

 では、その「信念」とは何かである。
それは単純ことである。
「今日ここまで育ててくれた観客に対する感謝の思いを、心の底に届く芸を見せることで、恩返ししたい」と念じていることである。しかし、これは大多数の芸人さんが持つものでもある。
これこそが世阿弥の言う「寿福増長」「遐齢(かれい)延年」に通じる思想である。
しかし、島津亜矢さんにおいては、ここに他の芸人さんと何か幾分の違いが見られる。
それは一言で言えば、「やさしさ」の質に違いを感じることである。その違いは、「やさしさ」が僅かばかり高度だということである。
島津亜矢さんの「やさしさ」には、論語でいう「見義不為、無勇也」(義を見て無さざるは、勇無きなり)が宿っている。この言葉には、前文に「非其鬼而祭之。諂也」(其の鬼に非ずして之を祭るは諂(へつら)いなり)がある。
これを「次郎物語」の著者・下村湖人は、「自分の祭るべき霊でもないものを祭るのは、諂(へつら)いだ。行うべき正義を目の前にしながら、それを行わないのは勇気がないのだ」と訳している。
これは、「人の行動基準は、鬼神や利害ではなく、仁であり義でなければならない。」と言うものである。ここに人間としての、本来の温かさがあり、やさしさがある。
ここに言う「仁」とは、私的な我がままを押さえ、社会的規範(=礼)に従うことである。
また、「義」とは、正しきこととか、事柄の妥当性を指している。
しかし、洋風化された現世では、こうしたことを信念として行動に移している人は、恐らくいないと思われるほど、数の少ない時代かと思われる。
ところが、島津亜矢さんの行動にはこれが宿っている。これは「田原坂の精神や、ほこり」たるものが、自然に心の奥底で下敷きになっているからである。それは、言葉を変えれば植木町の風土なのである。
その風土の「やさしさ」が、芸の中で深み重みとなり、聴く者の脳裏に映る情景の映像を、立体的な動きとして現わす背景になっているのである。それは「匠の技」の蓄積の多さによるものであるが、その技を磨いた地道な「努力」にある。これこそが植木町の風土の本質である。
 このことを言い換えれば、植木町の自然や風土が、いくつかの芸のフィルター潜(くぐ)り抜けて、聴く者の脳裏に立体的映像になつて現れているともいえるであろう。


 かたことに爺ちゃんと呼ぶ幼子の 蒼く澄みたる眼のいろ嬉し





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