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 投稿者  安宅 関平

 前稿に引続き、第四歌唱群の哀調について考えてみたい。ここでは残りの「山」・「年輪」・「富士」を採り上げる。

 「山」においては、
   「おれは男の山をみた おれもなりたい 山をみた」
に、哀調の働きが認められるようである。
この歌唱で先ず感ずるのは、声量の豊富さと、語尾がはっきりしていることで、重々しさが冴え、感じよく聴こえることである。
それが、歌唱の出だし部分である「流れる雲の移り気よりも 動かぬ山の雪化粧」に、どっしりとした自然の雄大さを見せている。
女性の細い声で、聴く者にこれだけの景観を見せられる歌い手は、いないだろうと思われる。そこにあるものは、山河の自然の重さを、澄み切った声で感じさせる不思議さである。
そしてさらに、その延長線上にどっしりした人間模様を歌い込むから、壮麗な人生感に見舞われる。
最後に、こうしたスケール感の中で「おれは男の山をみた おれもなりたい 山をみた」の歌唱部分に哀調が顔を出し、この中から自分に合った「人の道」を探せと、いう具合に歌声が迫ってくる。中でも「男の山をみた」の部分が来ると、自然と愛惜の念に駆られ、身の塊りを覚える。
このあたりは、島津亜矢さんならではの、歌唱の上手さである。
上手さというのは、要領よく綺麗に聞かせるという意味ではない。
歌い手が真心という本心を、ここの場面で晒(さら)して見せているという意味である。
 その真心とは、どのようなものかである。
それはある時、東北の駅で、100枚売るまで帰らないという若いミュージシャンのCDを、名も語らず纏め買いして励ましたことにつながったり、ある娘さんのガンを患った父親に、励ましの動画を送ったり、コンサートに招くなどして生きる力を与える行動につながったりしているものである。更には、のど自慢で流す涙も、熊本地震の支援コンサート開催の行動も、同一のものであろう。
その底流には、真心という本心が、こうした行動を無意識に呼び起こしているのであろう。
またシングルに、第四歌唱群に属する楽曲が多いのは、この歌唱群に共通した精神を、人生行路の指針にしているのか、あるいは、それが島津亜矢さん自身の行動規範に合っているのか、そのいずれかと思われもする。
島津亜矢さんが晒(さら)す真心とは、このようなものである。

「年輪」においては、
   「山に若葉の春がくりゃ よくぞ耐えたと笑う風」
に、哀調の働きが認められるようである。
ただ、それはその前に歌われた
「雪の重さを撥ねのけながら 背伸びしたかろ枝も葉も」
の歌唱の上手さによって、引き立っているからであろう。
出だしの「雪の」は静かに丁寧に入り、「重さ」は更に丁寧にして重々しく、「を 撥ねのけながら」で声を張っている。この声の張りによって、重さで垂れる枝の元の姿に盛り返す瞬発力が目に浮かぶ。
さらに、「背伸びしたかろ」は伸び伸びと、「枝も葉も」は静かに歌っていることで、前後の歌唱で感じる緊迫感と安堵感が、聴く者の心の中で巧みに交差され、「山に若葉の春がくりゃ よくぞ耐えたと笑う風」を盛り上げる下地になっている。
島津亜矢さんは、このように擬人化したものに魂を入れて歌うから、楽曲に生気が宿り、重みが生ずる。
その生気と重みへ誘導しているのが、歌唱の底に横たわっている哀調である。
歌を聴く者は、それによって「よくぞ耐えたと」とか、「枝を切る木に」とか、「熱い思いが」の部分の歌唱に入ると、胸が締め付けられるのである。それは哀調が、歌唱に実によく馴染んでいる証でもある。そして、終ってみればそれは温かい楽曲になっている。

 「富士」においては、
   「遥かに見える 富士山を てのひらに乗せて 春を待つ」
に、哀調の働きが認められるようである。
 先ず、この楽曲は、血液型がO型の女性を歌ったものではないかと思われる。作詞家はどなたをモデルにしたのであろうか。
その女性は、おおらかで、控え目で、思い切りのよい決断力を持ち、かと言って繊細さをも併せ持っている。
そのためか、メロディーのテンポは、いままで第四歌唱群で採り上げてきた5曲とは、一線を画したものになっている。
それは、硬球の勇ましさを建前とする「人道もの」にしては、軟球の緩やかで優しさのあふれたものになっている。
とは言っても、緩やかで優しさのある「人道もの」でありながら、「人道もの」に必要とする勇ましさ、ひるむことのない力強さの迫力は、硬球の「人道もの」とまったく遜色のないものになっている。それはむしろ、柔らかさを感じる分だけ、「人道もの」としての品格を備えた感がある。
 本来、メロディーとは、テンポがスロー化するほど迫力は削がれ、それに変わって哀調が現れるものである。「人生将棋」とか「ヒーロー」と「津軽のふるさと」の楽曲を比較すると、そのことが分かりやすいだろう。
ところが、この楽曲では、スローテンポで出せないはずの迫力を、平然と披露している。こうした芸には、未だかって遭遇したことはない。
これもまた、凄いことである。
島津亜矢さんの芸に、多様性を感じる好さは、ここにある。
多分、このことに気付く人は、そんなに多くはないと思われる。
たた、いくら島津亜矢さんと言えども、メロディーのスロー化でこの迫力を出せるのは、この楽曲のテンポ程度が限度では無いかと思える。

 ところで、この歌唱は女歌であることやテンポのスロー化によって、「必要としない哀調」の出やすさを、抑えている感がある。
それは「哀調」そのものが持つ一般的な「もの悲しさ」である。それを抑えることで、必要な勇ましさ、ひるむことのない力強さの迫力が、浮かび上がる歌唱になっている。
しかしながら、哀調をすべて抑えている訳ではない。この楽曲では、ゆるやかで優しさの感じられるところは、別の哀調を忍ばせている。
だが、この哀調は、女歌にありがちな、めそめそしたものではない。切れ味のよいあっさりしたものである。
それは、
   「小さな芽から はじまった」
   「遥かに見える 富士山を てのひらに乗せて 春を待つ」
とか、
   「大きな天の 懐で」
   「遥かに見える 富士山を てのひらで掴み 夏をゆく」
更に、
   「ひとみを閉じて 胸で訊く」
   「遥かに見える 富士山を てのひらを伸ばし 冬を越す」
等の歌唱部分にある。
なかでも、「春を待つ」「夏をゆく」「冬を越す」の最後の部分を伸ばしているところが、哀調感の印象を強く残し、次の何かにつなげている。
それは、過ぎ去った時間を惜しみながら、次に来る新しい季節を待つ希望にあふれる感情ではないかと思われる。
こうした技芸によって、歌唱に凹凸の変化と、深みをより強く感じる。そのことが楽曲に必要な迫力につながっている。
 島津亜矢さんはこの楽曲では、哀調を歌唱の凹凸の変化や深さに使っていたのである。

さて、第四歌唱群の6曲をこうして今一度見廻してみると、面白いことに気付く。
それは、島津亜矢さんが持つ二種類の哀調のうち、島津亜矢さん「特有の哀調」しか、使っていないことである。
その哀調とは、
一つは、積極的に人間の魂へ働き掛ける作用を見る哀調である。
二つは、すべての楽曲に相性のよい哀調である。
三つは、芸(歌)が生きる哀調である。
四つは、「生きる希望」の性質を帯びた哀調である。
この四点が島津亜矢さん「特有の哀調」である。

 「波」では、この「特有の哀調」が歌唱の丁寧さを引き立てて、説得力を助けている。
 「川」では、力強さの中に優しさを伴った柔らかさのある歌唱を、「特有の哀調」が、神に「この人を助けてください」と哀願するごときの、哀れみの吟に似た、深みのある働きをしている。それが人心を惹きつける魅力を作り出している。
 「竹」では、人の生活は時々立ち止まることが大切だと説くものであるが、その時、来た道を振り返り、進む道を見つめ直し、その折りに気付いたことを緊張感をもって静かに進める生活がよいだろうということを、「特有の哀調」で強調している。
 「山」では、「特有の哀調」をもって、「人の道」を探せるように歌い込んでいる。
 「年輪」では、擬人化した楽曲に魂を入れて、生気を宿らせ、生きることの重みを表現している。その生気と重みへ誘導しているのが、この「特有の哀調」である。
 「富士」では、本来、女歌では出せない力強さと迫力が感じられる。こうした味を出しているのは、「哀調」が持つ一般的な「もの悲しさ」を一切封印しているからである。それに変わって島津亜矢さんが身に付けた「特有の哀調」を散りばめて、凹凸の変化と深みをより強く感じる「人道もの」に適(かな)った歌唱にしている。
 このように、島津亜矢さんは、楽曲の性格を十分に飲み込んだ上で、哀調を使い分けているのである。


 夜明け前草木を分けて吹く野分 その荒れように哀れを誘う


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