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 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんにとって、50歳を迎えるまでのこれからの3年間は、非常に大切な期間かと思われる。それは一日たりとも、一時間たりとも無駄の許されない精進の期間に入ったように思われるからである。
というのも、芸が星野哲郎氏の望みに適う領域の、最終の仕上げ段階の時期だと、素人目には映るためである。

ただ、この精進の質・量は、普通の芸人にすれば、「及ばぬ鯉の滝登り」のごとき、遥か手の届かない遠い世界の精進だと映るかも知れない。
もしそう映るとすれば、歌ぐらいにそこまで頑張らなくてもと思われるだろう。
だが、そうした思考は、芸に対する敬慕や技芸の質量の差によることから生ずるものであろう。それは次元の違いであり論ずるに値しない。
とにかく、島津亜矢さんにおいては、星野氏が目論んでいた素質が、真価を発揮するための精進が大事で、これまでの努力はそのためのものでもある。

 しかしながら、星野氏が目論んだ素質の真価の発揮は、これからであることに、何故か危惧を感じる。
 では何故、そうした危惧が働くのかである。
それは「肉体面の変化」とは、人格の士気高揚に寄与することとは別に、気力の減退を招く一面もあるからである。
気力の減退は、「精神面の変化」とした自己変革の鋭気を、挫(くじ)く働きをする。
星野氏が、まだ未完としたのは、人格や芸の向上に対する障害への対応が、十分ではなかったことによるものではないかと思われる。
ただ、星野氏は、障害への対処については、島津亜矢さんの、努力する能力、苦闘に耐えられる力と反発力、豊かな向上心という三点の素質が、鋭気を挫(くじ)く働きに充分に対抗できると考えていたのかもしれない。
その意味では、素人が持つ危惧は、単なる老婆心であろう。
しかし、その老婆心の深部には、星野氏の亡きいま、芸が星野哲郎氏の望みに適う領域に入る基盤作りの、最終仕上げ段階という大事な時期に、素質の働きが期待通りに働くかとの不安を煽(あお)るものがあるからだろう。

 ところで素人にとって、その素質の働きの期待が、なぜ起きるかといえば、島津亜矢さんは星野氏から多くのことを学んできていると思われるところから起きるのである。
星野氏の数多いその教えには、一貫しているものがある。
それは、人生の危機に陥った際に、数々の教えが一本の大木にまとまり、対処する知恵を絞り出してくれる要素となることである。
その要素による働きが、危機を救ったり、芸の向上に寄与するのである。
 では、その学んだ知恵が、芸の向上に寄与した具体的事例の一つを、挙げてみたい。
 それは、歌唱技に現れている。
島津亜矢さんの歌唱は、分かりやすい。他の歌い手さんよりも、簡単に理解できる。その典型を次のカバー曲に見ることができる。
それは、五輪まゆみさんの「恋人よ」であり、中島みゆきさんの「命の別名」や「歌姫」である。これらは、オリジナル歌手で曖昧だったことが霧や霞が晴れたように、鮮明に楽曲の内容が分かるのである。
オリジナル曲でもカバー曲でも、同様である。
そのためか、カバー曲等はオリジナル歌手よりも上手く聴こえることがある。

 それは何故かである。
 もともと、歌唱芸とは「詞」と「メロディー」から成り立っている。
「詞」は言葉から出来上がっており、理知的側面がある。
「メロディー」は音の組合せで出来て、情緒的側面がある。
歌唱は、この理知と情緒のどちらを優先するかで、楽曲の伝わり方が違ってくる。
 島津亜矢さんは、この心得を星野氏から学んでいたのである。
それは、歌唱に際して「メロディー」よりも「詞」にウェイトを置き、「詞」に「メロディー」を被(かぶ)せていることである。
この場合、先ず発音が大事になる。次に詞の心の理解も大事になる。
それによって、詞にメロディーの情感を被(かぶ)せやすくなり、歌詞がメロディーに埋もれない歌唱となる特徴をみる。
 こうした「詞を優先した歌唱表現」・「発音」・「詞の理解」という、この三点が丁寧に行われる芸だから、分かりやすいのである。
 これは作詞家・星野哲郎氏から受けた最も大きいな影響である。

 分かりやすいということは、メッセージ力があるということである。
このメッセージ力の強弱の効果は、つぎに掲げる例で、よく理解できると思われる。
その例とは、幼児に絵本を読み与えるときである。
それは、丁寧に朗読すると喜んでくれる。
朗読に少し変化をつけると更に喜ぶ。
そして、リズミカルな抑揚を加えると、目がキラキラと輝きだす。
しかし、行過ぎてリズムが主体になると、物語への興味を示さなくなる。内容が分からなくなるからである。
この例で分かるように、歌い手が、メロディーを主体にして詞の表現をしていると感じられるときは、情緒・情感が先走り、楽曲のメッセジーが曖昧になりやすいところがある。
 これが、島津亜矢さんの星野氏から、学び影響を受けた典型的の事例であろう。
ただ、これは星野氏と接する日常生活の中から学んだことであり、指導を受けたことではない。
だから学ぶことは、生涯生き続けるのである。ここに指導を受けることと若干の違いがある。

 学んだことは、更に他にもある。
自然体での芸もそうである。誤魔化さない芸、曲に命を吹き込む芸、情景描写の鮮やかな芸等々、拾い上げれば切りがない。これらは人格の向上を伴って発揮されてきた。
これらについては、機会を別にして追い求めてみたい。
 こうした技芸は、星野氏の間接技法による教育・指導の賜物である。
 このように、25年間の師弟関係は、「義」「理」「情」を中心とした人間形成と、芸の要(かなめ)にあたる「誠実さ」を吸収するのに十分な時間であったものと思われる。
ただ、それを生かす基盤の充実に掛ける時間が、あと3年足らずしか残っていないということである。


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