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 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの恩師・星野哲郎氏の凄さは、島津亜矢さんが努力する能力を持ち、苦闘に耐えられる力と反発力があり、豊かな向上心という三点の素質を見抜いていたこと以外に、その素質が真価を発揮する時期や、どのような形態で現れるか迄を、予見していたと思われることである。
こうした予見は、そう簡単なことではない。それを自信をもってできるのは、教育・指導に大きな責任を感じて、ことに当たっていたからである。それは、命に代えてでも、一人前の人格者にする任を全(まっと)うするという、決死の覚悟からきたものであろう。

 では、その予見していたこととは、どのようなものだったかである。
 そこで先ず、予見において、素質が真価を発揮する「時期」について、どう見ていたかを探ってみたい。
その時期は、島津亜矢さんの芸に対する向上心が働いたときだと見ていたようである。言い換えれば、その時やその時期の「時分の花」を咲かせる思いに至ったときである。

 そこで、予見には、島津亜矢さんの向上心の働き方によって、違いをみせている。
それは、短期と長期の展望によるものである。
 短期展望では、その時々の島津亜矢さんが、自分自身に課題を与え、その課題を克服する努力の気概を持った時だとしている。
例えば、歌声に高低強弱を自在に操る技術を身に付けたいとか、長音(長調)、単音(単調)の特質を、歌声に反映させるにはどう工夫すればよいのか等を、考え始めたときである。
このように、その時々の年代に応じて、色々と向上心が沸き起こる時に、素質が真価を発揮するというのである。

 しかし、予見は長期展望に、より重点が置かれていた。
その具体的な事例は、「肉体面の変化」の到来時である。
それは歌い手なら、先ず声帯にくるだろう。次は活力の減退にくるだろう。そして、ついには筋肉の劣化となってくるだろう。
素質が真価を発揮する時期の重要な第一波は、この「肉体面の変化」する時だと踏んだのである。
 では、その素質の真価を発揮する時期の第一波を、「肉体面の変化」の時期とした予見の事由は何かである。
それは、デビュー時から40歳までの、成長の活力が漲(みなぎ)った躍動期の気概というものは、その時期が過ぎれば萎んでしまうとの思いがあるからである。
では何故、縮むのか。それは、人間であれば誰しも通過して経験することである。自然の流れである。だから、抗しようはない。
そして更に、すぐ第二波が訪れる。それは「精神面の変化」の時である。
この第二波は、「肉体面の変化」によって、ものの考え方に変化が起きるためである。
すると、このものの考え方の変化よって、従来の芸は脆(もろ)くも崩れ去るのである。
ということは、それまでの芸は、その時期に咲いた「一時の花」であって、「本物の花」ではないということになる。
 しかし、そこには救いがある。
それは、この「肉体面の変化」の自覚で、芸人の内面が変われば、芸が生まれ変わることができるということである。生まれ変わった芸には、人心を捉える力が伴っている。
何故ならば、その芸には、今までに無い新しい「美」が生まれているからである。しかもその新しい「美」には、本物の美しさを感じるものが現れるのである。だから人心を捉えるのである。
では、この本物の美しさは、人心を捉えるほどに何故美しいのかと言えば、それは芸人の内面で芸の内面を表現しているからである。
 この芸こそ、真の芸であり、芸人が目指すべき最終領域の芸である。星野氏は、その考えで教育・指導してきたもようである。
予見はその結果によるものだったと見るべきである。
つまり世阿弥のいう「本物の芸」と同質の芸を、育成することを目論んでいたのである。
 星野氏は、島津亜矢さんの素質の真価が発揮される時期とは、このように短期と長期を展望したこの時期が到来した時だと、踏んていたのである。
それは芸を、さらに価値あるものに変えようとする時でもあるといえよう。

 次稿は、素質の真価の発揮は、どのような現象によってどう現れるかを追ってみたい。


 夏の夜の薄きしとねの山の宿 夜の短きと鳴くホトトギス


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