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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑧~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑥-①~「芸を極める道」・その出発点⑩-①迷いと苦労



 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの歌唱を好む者は、それによって古い昔を懐古しそこから零(こぼ)れる甘い密を吸うという部分よりも、多くは今を生きる勇気と活力を養うためのサプリメントにしているようである。
というのも、楽曲が島津亜矢さんの喉を通ると、泥流であったものや、また、流れの勢いを欠いて澱(よど)んでいたものが、すぐに清流に変わり、勢い良く流れを速めるからである。これが生きる勇気と力を養う手助けになっているものと思われる。
 この不思議さは、どこから来るものであろうか。
 それは、世阿弥が論じている「芸に新基軸を呼び込むものは、新しい芸の創造、つまりイノベーションの『新鮮さ』にある」とすることと関係しているのであろうか。
また、この不思議は、芸の本質を満たすところの「芸を極める」と「秘すれば花」との関係に、係わりがあるのであろうか。
 そこで、本稿から今後一年間程度の時間を割いて、この不思議さの謎と、芸の本質との関係を突き詰め、紐解いてみたいと考えている。

 その出発点として、演歌・歌謡曲分野が衰退している不正常な状態の中で、目的とする不思議さの解明や、「芸を極める」と「秘すれば花」等との関係を紐解くには、どのあたりから見ていけばよいか、その見方や方法が大切になってくる。
それは、見方の順序や方法次第で、関係の本質を見誤りかねないからである。
 そこで、まず順序の第一として、正常な状態における「芸を極める」と「秘すれば花」の本質を覗(のぞ)くことにしたい。
その本質を覗きながら「芸を極める」と「秘すれば花」の関係を見つめることが出来ればと思っている。
というのもこれによって、現在、多くの大衆が不正常な状態を、これが正常な状態だと思い込まされている現状を、正常な状態と対比することで、不思議さの謎を解くヒントが得られると思うからである。

 ところで、不思議さの謎を解くのに何故このように遠回りをするかといえば、社会に対して抵抗感の強い時期である若い世代の諸氏の心情に、演歌・歌謡曲の良さを解してもらえる機会の一助になればと思うからである。それはこの愚者にもそのような時期を過ごしたことからきている。その時期を振り返り、反省しながら現在の若い世代とともに、世界に誇れる日本の美を愛でることができればという思いからである。これが、今後一年間程度の時間を割いて、この不思議さの謎を解こうとする最大の理由でもある。

 そこで、では正常な状態とはどのようなものかである。
それは、演歌・歌謡曲が大衆と共に歩めることである。大衆とは老若男女である。その大衆と共に歩むには、競争原理の下(もと)で技芸を切磋琢磨する世界が必要である。ここに「本物の芸」が、自然と生じる世界がある。
大衆は、それがどのようなものかを知ることである。それを知ることで、「芸を極める道」とはどのようなものかが分かるのではないかと思われる。
 ところで、自然体で生じる「本物の芸」の世界とは、それは単純で明快なものである。
それは「芸能とは何か」を探り、「技芸とは何か」を求める世界である。
 だが世間では、それを探り、求める道は頗(すこぶ)る険(けわ)しいという。
それには、それなりの理由がある。
その道は、探(さぐ)ったり、求めたりする「何か」について、それがどのようなものであるかがつかめず、定まらず、常に迷いが生じるからである。なぜなら、その探り、求めるものは、間口が広く、奥行きが深い上に、なかなか馴染めないものだからであろう。
そこで、迷いを晴らすために稽古を重ね、試行錯誤を繰返し、試練に遭遇するという努力と苦労が伴うのである。この努力と苦労を芸人同士が切磋琢磨するのである。自然体の世界はこの切磋琢磨にかかっていると思われる。しかし、そうした中でも迷いは一向に晴れない。
こうしたことが連続して止(や)むことのない世界が横たわっている道だから、険しいというのであろう。
このことを世人は「芸には、終わりはない」と表現している。
しかし、何事も我慢と辛抱が大事である。努力を続けることが大事である。それらに耐え、一つひとつの困難をクリアできれば、結果として、去年より今年、今年より来年と、芸の表現力がより深く豊かになってゆく実感を体験できるのである。

 その典型的な事例がある。
 それは、島津亜矢さんの20歳から30歳までの、10年間の技芸の成長振りである。
そこには困難と苦しみに耐え抜いた痕(あと)がありありと感じられる。その痕は顔貌(がんぼう)の変化に表れている。顔貌は、年ごとに豊かさの感じるものを残している。
その豊かさは一つの課題や苦労を乗り越えた証(あか)しとして残るものである。その証しは芸に対して一つひとつ積み重ねる芸に対する自信である。
 こうした苦難をクリアして築いた底力を基に、翌年の31歳の時期から全国ツアーを始めている。ツアーは今も続けられている。
そして、このツアーがまた、どえらい働きをしていたと思われる。
それは、技芸と人格をより深いものに、大きいものに作り上げるという働きである。


 つくばいにしみてしたたるの寒の水 たわむるつぐみに赤き南天




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