FC2ブログ

幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-⑤-③



 投稿者  安宅 関平

 星野哲郎氏が島津亜矢さんに伝えたかった思いとは、唯一、芸は「心」だということだったようである。
この言葉は、芸に携わる人たちの多くが口にする言葉でもある。
だが、星野氏の指導の思いは、「心が変われば芸が変わる」と言う、単純で分かりやすいものであった。
しかしながら、指導方法が間接指導のためか、その教えを理解し自分のものにするには、考える努力とそのための時間が必要なのである。
 「芸は心」というだけでも意味は漠然としている。それを、さらにオブラートに包み込んで繰り出す言葉の教えには、謎めいて雲を掴むごときに聞こえても不思議はない。救いは、やさしく身近な例えで受け入れやすい話によることが多く、聞く側には抵抗感はないようであった。
しかし、そのことが考えることの基本ともいえる正しい思考力を磨くことにつながっている。あれこれと迷い試行錯誤はしても、結論を「芸は心」の大事さの自覚へと導くものであった。
こうした教育技法は、考える範囲の幅の広さと奥深い追求心を必要とすることから、結論に至るまでには、幾つもの疑問や迷路に惑わされ相当の時間のかかるのは頷(うな)ける。
そうした考えることの試練の積み重ねが、一人前の人格者に育てあげるのに欠かせないことだとしたところに、この教育技法の特徴がある。

 ではここで、星野氏の「芸は『心』」という、その深意に迫ってみたい。
 歌とか演劇、更に映画でも、それらは「芸」である。
星野氏の思いでは、こうした芸とは表現しようとする芸能に潜んている訴えたいとする「心」を、その表現者である芸人が自分自身の「心」で表現することだというものである。
つまり、芸人が芸に描かれた内面を、芸人自身の内面で大衆に伝えることが、芸だというのである。

 これとよく似たことを、世阿弥も説いている。
芸人の内面で芸の内面を伝えるには、物真似だとか、テクニック・要領の良さ等をいくら駆使しても、それでは伝わりにくく、また伝え方も身には付かないものだ。
それはゆっくりと時間をかけて多くを体験し、物事の見聞を広め、地について芸心の核となるものを心得なければ、芸人の内面で芸の内面を伝える本物の芸は生まれないというのである。
ここで目に付くのは、「芸人の内面で、芸の内面を伝える芸」を「本物の芸」と表現していることである。

 星野氏はこの「本物の芸」を、島津亜矢さんに求めたのである。
努力を重ねて「本物の芸」を生む芸人を、「本物の芸人」とした根拠はここにある。
星野氏のいう「芸は『心』」と云うその深意は、自分の内面を磨いてものごと(=芸事)に当たれというところにある。そうすれば「芸の内面」を表現できるというものである。
あの飄々(ひょうひょう)とした言葉に含まれる深意の芯は、内面を磨けというところにあるということだ。

 星野氏にとって、最後の弟子となる島津亜矢さんに賭けたものは、「芸人の内面で芸の内面を表現する」ような芸人、つまり「本物の芸人」に成長することへの期待であった。
そこは、歌人(うたびと)が目指すべき芸の最後の領域でもある。
こうした高い質の芸の披露に、期待を賭けた芸人は、おそらく島津亜矢さんが初めの終わりだったであろう。

 星野氏は、島津亜矢さんにはそうした期待を賭けるだけの素質があると踏んでいたようでもある。永い人生経験から人を見る目利きに自信があったからであろうか。
その自信の持てた基盤は、三点もあった。努力する能力を持ち、苦闘に耐えられる力と反発力があり、そして何よりも豊かな向上心を持ち合わせていたことであろう。他には、絶世の美人ではなかったことが幸いしていた。愛嬌のあるかわいさが芸人向きで、末永く大衆から愛されるだろうと思われたようである。
 そこで、この三点があれば、芸の内面は変えられないが、自身の内面は人格の陶冶で幾らも変えられると踏んでいた。
それができれば、芸人の内面で芸の内面を伝える表現力の身に付いた芸を、発揮できると考えたのであろう。
ただ、島津亜矢さんは純粋な現代っ子だったから、干支で4周り近い世代の違う星野氏にとっては、随分手を焼いたものと思われる。それだけに目先のことよりも、30年後、40年後の将来を見据えた指導に情熱を燃やしたものと思われる。
手を焼きながらも、そこにあった主眼は、将来、島津亜矢さん自身が自分で、この三点の素質を最も必要とする時期に、どう生かすことができるかであった。教育指導の重点はここに置かれていた。そこに苦労と苦心があったようである。
星野氏のこの苦労と苦心は、島津亜矢さんの将来の浮沈がかかることでもあり、決してないがしろに出来ない神からの命令でもある。
そうした重責を担っていると思わせることが、幾つも考えられる。その度に、命に代えてでもこの任を全(まっと)うする決死の覚悟を、見たのである。
 そのあたりは次稿で採り上げてみたい。


 亡き祖母の薮入り話耳にした 旧盆の夜の仏間のあかり


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿