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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-③

 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの芸に新しく感じられるマイルド感が生まれた要因は、環境の変化によるものであった。中でも内部要因の「肉体面の変化」は、芸そのものを直撃して劣化を速める恐れがある性格を含んだのものであった。
だが、島津亜矢さんは、その変化を巧みに芸質の向上につなげていた。それは「軟質芸」の確立であり、「新マイルド感」の創造である。

 芸人が勢いよく向上していた芸において、その衰えを最初にみるのは、身体の変化によるものである。そのためであろうか、「肉体面の変化」で芸が向上したという話は、耳にしたことはない。小じわがふえて美人になったという話を聞かないのと同じことである。
 では、島津亜矢さんは、身体の衰えをいかにして、芸の向上に結びつけたかである。
 それは生活態度の素直さに依っていたものと思われる。
生活態度の素直さとは、心の素直さでもある。
心の素直さは、人格に依存している。
人格は、芸の向上に必要不可欠の条件である。
こうしたことから、島津亜矢さんは「肉体面の変化」を芸の向上に結びつけられたのは、人格の陶治性であると言えよう。
人格の陶治性には「肉体面の変化」による芸の劣化を補って、まだ余るものがあるようだ。
 島津亜矢さんは身体の衰えを感じるや否や、神が与える課題に従って、素直に対処できたのはこのためである。
その意味では、身を守ることに自然と長けた芸人でもある。
 それは、身体の衰えに反比例して、心が豊かになってきていることで分かるだろう。

 では、心の豊かさが何故、身を守ることにつながるかである。
 そのよい事例が、今回創造した「軟質芸」の確立と「新マイルド感」の創造かと思われる。
「軟質芸」や「新マイルド感」は、芸を創り上げている構成要素の、調和をとることで出来あがっている。
いわば、それは人の助けを借りることでもあった。
しかしそれを成し得たのは、心の豊かさがあったからである。
具体的には、調和とは詞、メロディー、楽器の音色、自身の歌声のそれぞれを、生かす芸である。この調和によって芸が生き生きと美しく輝き、活力の衰えである「肉体面の変化」を、補(おぎな)ったのである。更に、芸に深みと奥行きをより強く与える効果まで生まれたのである。
心が豊かでなければ、こうした調和による効果は発揮できないだろう。
ここに生活態度の素直さが、結果として芸の著しい進境となって現れたのである。
ただ、芸の著しい進境にも、人間性という人格の豊かさが求められる。
心の豊かさとは、人格の豊かさから連動して発せられているから、島津亜矢さんの生活態度の素直さには、芸の著しい進境に必要な人格面をも充足していたことになる。

 そこで、こうしたことを裏返して考えれば、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」で新しく感じられる「軟質芸」や「新マイルド感」とは、実は生物として自然に即した「肉体面の変化」で劣化する芸質を、カバーする手段であったともいえる。
それは、生物が自然体で生きるための変化でもあるのだろう。
ということは、「軟質芸」や「新マイルド感」の起きたこと自体、それは身を守るため、生きるための自衛手段ということになる。
逆に言えば、「軟質芸」や「新マイルド感」は、その自衛手段の結果として生じたものといえるのである。
 これが、「軟質芸」と「新マイルド感」の起源と経緯である。

 こうした起源と経緯を見ることで、島津亜矢さんにとっての「肉体面の変化」が、芸質に馴染み芸の向上に寄与した形で表面化するには、何が大切であったかである。
それは、生活態度の素直さがそのすべてだったことになる。更には、体の衰えをいかにして、芸の向上に結びつけたかについての答えも、ここにある。
 島津亜矢さんには、命を維持するための根幹となる自然に従うという習性が身体の芯に居座り、生活している姿にそれがありのまま現れているものと思われる。
身も心も自然で美しいのは、ここからきている。それが芸に現れて、人心を魅了させているのである。

 次稿では、もう一つの内部要因である「精神面の変化」について探ってみたい。


 幼子の指折り数え小指立つ このころ始めるピアノの稽古


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