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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑫



 投稿者  安宅 関平

 本稿では、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」が、何故、生まれたのか。
それがどういう意義を持つのか。
更に、島津亜矢さんの技芸と人格にどのように影響を及ぼしたか、を探ってみたい。


 先ず、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」は、何故、生まれたかについて探ってみる。

 このアルバムは、リリース時期が2011年6月であることや、芸質が軟質であることなどから、時期や芸質面で、交響曲「運命」の第二楽章に、適(かな)う資質を持つアルバムかと思われる。
というのも「運命」は、べートーヴェンが難聴に苦しめられた時期に生まれたのものである。音を扱う音楽家にとって音が感じられなくなるのは、致命傷かと思われる。その苦しみは如何ばかりだったであろうか。
また、交響曲「運命」の楽曲が、全体に硬質に感じられる中で、唯一安寧感を覚える箇所が第二楽章である。これがあるから疲れずに、第三、第四楽章を抵抗なく聴く事ができ、全体を通して楽曲を楽しむことができるのである。

 ところでこうしたことは、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」についても、言えることである。
それは、島津亜矢さんの芸歴の流れの中で、恩師の他界で衝撃を受けたその苦悩は、べートーヴェンの難聴の苦悩と、苦悩の種類は違うとしても、質は同質である。何が同質かと言えば、前途への希望が真っ暗になったことである。
また、芸質面においては、硬質に挟まれた軟質のアルバムは、その役割を見事に果たしている。それは第二楽章の役割とこれまた同様である。
その役割とは、慣れ親しんだ「硬質」の亜矢節が際立ち、「軟質」の亜矢節も魅力あるものにしている。こうした現象を通して、過去から将来までの「島津芸」を、抵抗なく楽しめる魅力を与えていることである。
こうしたことが、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」が、交響曲5番「運命」の第二楽章の条件とよく似ていると言えるのである。

 そのことから、このアルバムが必然的に生まれるべきにして、生まれたものかと思われる。またある意味では自然の成行きとして、この時期だから生まれたものと考えるべきかもしれない。言い換えれば、時期と芸質が必然的に、このアルバムを生んだのである。

 そこで、このアルバムは、島津亜矢さんの技芸と人格にどのような影響を及ぼしたかである。
それは、この時期にこうした安寧に遭遇したことが、島津亜矢さん自身の心に、安らぎを浴せる機会になったことである。
この安らぎを浴びることで、未来に立ち向かう勇気が養え、芸質の変化をも、得ることになったものと思われる。
この時期が無ければ、今日の島津亜矢さんの存在はなく、別の島津亜矢さんになっていたかも知れない。
 こうしたことで考えさせられるのは、島津亜矢さんは喜怒哀楽の如何なる機会をも捉えて、それを芸の向上に結び付けることで、芸道のなかでも最も厳しい正道を、常に歩んでいることの凄さであろう。
これは普段の芸に対する心掛けからきているものであろうが、それは日頃の生活の注意力の賜物であると思うと、愚者も背筋を正さねばと考えてしまう。

 次に、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」の、存在の意義についてである。
 その意義は、軟質とみられるこのアルバムの、前後が硬質の芸に挟まれているというこの特色が、また面白い楽しみ方の発見につながれば、その先に見えてくるものと思われる。
面白い楽しみ方の発見とは、「軟質」芸の価値は「硬質」芸を楽しむためにあるものであり、「硬質」芸の価値は「軟質」芸を楽しむためのものであるように、思われもすることである。
それは「軟質」の芸を楽しむために「軟質」の芸があり「硬質」の芸を楽しむために「硬質」の芸があるものではないようにまで思う、その不思議である。こうした不思議さを感じることは、芸の楽しみ方の幅が拡がることに通じている。
こうした不思議さを覚える「亜矢節」とは、それはどのような角度からでも楽しめる資質を備えていることの発見でもある。
そうした発見は、芸の多面性の証である。この多面性がまた、芸に厚さを感じる要因でもある。
 そうした意味からいっても、このアルバムは、島津亜矢さんの芸の価値体系における立ち位置として、ここに初めてオリジナル歌唱群の中で、地に着いた「軟質」芸が確立し、完成したとも思わせるところにある。
同時にその先に見えてくるのは、これによって島津亜矢さんは、自分の芸に効果的な「マイルド感の美の世界」を切開いたとも解せられることである。
この「マイルド感の美の世界」の開拓を見せたところに、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」の最大の意義があるかと思われる。


 澄んだ夜は蛙の合唱聞きながら 水面(みずも)に見入る田毎の月で


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