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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑤~「芸の魅力」⑳-⑪克服した芸域の空洞化(下の上)

 

 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんは、歌が上手くなりたいとの思いで歌い手になった。
その芸における魅力は、すべての自分を観客に晒(さら)す、その刺激によって沁みでる人格の美しさにある。

 だが、その魅力は当初から備わっていた訳ではない。当初は少し上手くなろうとすると、鞍馬の天狗の魔力が襲い、一向に自分の思うようには上達しないことが続いていたようである。
この苦しさの原因を探すのに10年、そこから脱却の手段を探るのに10年、併せて20年もの靄(もや)のかかった時間の中をさ迷ったようである。そしてその間に、何かを悟っている。

 この悟りに至ったきっかけは、心の空洞化を突き止めたことにあるようだ。これが芸の上達が思うようにいかない根本だと分かったのである。
そこで、心の空洞化はどうして生じるのかを探すことになる。そして気付いたのは、歌が上手くなりたくて一人で力むのはよいとしても、その力みが度を越し自己過信に陥ろうとしているのではないか、との思いに至ったことである。
自己過信に陥ると自分の実力以上のことをしようとする危険がある。それは一歩間違えば自分の希望を破滅することにもなりかねない。
怖いのは、芸の向上に関して今まで挫折らしい挫折を味わったことがないことである。今のこの自信は、挫折の経験のないその中から生まれているものである。そう考えると、この自信は自信となる何の根拠も無いものであることに気付いたのである。
その反省の結果、人の言葉に耳を貸し、自分の行動に注意深くなることを自覚するに至ったものと思われる。
このようにしてまず、苦しみの原因を探すのに10年の時間を懸けたのである。
こうした原因を探す過程を言い換えれば、悟りのきっかけとなった心境の変化は、心のどこか片隅に鞍馬の天狗が住み着いていて、その天狗は挫折を持たないふわついた自信を背に担ぎ、芸の中で暴れまわっているのではないかとの思いに至ったことにある。

 そして、見つけた原因から脱却する手段を探ることさらに10年、その結果、要約、「温故知新」の精神にめくり合えたようである。
 この精神との出会いは、人の言葉に耳を貸し、自分の行動に注意深くなることによるものであった。それによって、心の空洞化とはいかに難敵かを知り、この難敵を退けるのは、「温故知新」の精神だと思われたのであろう。
その理由は、この精神とは古いものを訪ねて新しいものを見い出すことである。
このことの主旨を、新しいものを見い出すために古いものを捨てるのではなく、古いものを大切にしてその上に、自分が創り上げた新しいものを乗せていくことであると悟ったようである。
それによって、過去と現在と未来の時間が分断されずに継続できる。この継続の大事なことは、芸が三つの空間を自由に飛び回れることである。これにより、芸の幅が広がり、厚みが生まれる。
島津亜矢さんは、芸の上達の第一歩はここから始まるものと踏んだようである。この時初めて、生きた芸とは、芸が呼吸をしていて鼓動を感じることだと察知したのである。
 だが、難題はまだ残っていた。「温故知新」で対処するには、自分の持つ修羅の妄執(もうしゅう)を晒(さら)すことが要件である。これは今まで最も避けてきたことである。
にも関わらず「温故知新」での対処を決断をしたのは、呼吸して鼓動を感じる芸への上達の第一歩を踏み出すことを優先したかったからである。
芸のために己を捨てたのは、この時である。
 それは素晴らしい決断であったようだ。
というのも、その決断によって、失おうとした芸人の年輪を守り、魅力の劣化という難題の克服につながっている。その上、芸の上達はそのスピードを上げるのである。


 きのうより畳目ひとつ伸びてくる
           かすかに日差し増す春隣(はるとなり)




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幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑤~「芸の魅力」⑳-⑩克服した芸域の空洞化(中の下)



 投稿者  安宅 関平

 世阿弥は、芸人の心の豊かさが細る弊害の対処について、「初心忘るべからず」と説いている。
このことを、著書<風姿花伝>や<花鏡>の中で、何度も繰返して忠告している。
 ただ、これは概念として分かりやすいが、現実の実生活の中では、つい疎(おろそ)かになりがちである。
それは余りにもたやすく、簡単な心掛けだからである。そのため、簡単という軽さからくる油断によって疎(おろそ)かにされるのであろう。
しかし、多くの人々はこの油断が大事をもたらすことを知らないでいる。
軽さと云うのは、日々の生活での大部分が、目先の「利」に囚われたり、惑わされて「義」を後廻しにしていることをいう。
ところが「義」は「利」に勝り、何事も「義」を優先せよというのである。「初心」の本質は「義」だからである。

 世阿弥の「初心」の深意については、後日、改めて採り上げるが、ここで一部を探ってみる。
世阿弥の「初心」とは、芸を始めたときの未熟さもさることながら、もうすでに芸の道で修行を積んでいる段階でも、未熟さを自覚することである。未熟さの自覚とは、人間性という人格が未熟であれば、芸も未熟で上達はないという心得を、指すものである。
この未熟さを自覚するところの「初心」を持ち続ければ、反面、心は朽ちないというのである。
そしてその未熟さの内容を、「是非の初心」、「時々の初心」、「老後の初心」と、言葉を拡げて説いている。
 それによると、「是非の初心」とは、物事を始めたときの単なる初心者の未熟を指す。
「時々の初心」とは、物事を始めてから老境に至るまで、それぞれの年代における「時分の花」たる芸を取得したときの初心を指す。
島津亜矢さんは、素人眼で見てもこの30余年間で4回の芸の脱皮がみられるから、初心はその数だけはあることになる。
「老後の初心」とは、老境に至っても向上心を失うことなく、目指す芸を発見するときの初心である。
このように、一生涯で積み重ねる「初心」を溜めて、それを忘れないために稽古を貫き、それを後継者に伝えていくことが、世阿弥の云う「初心」の意なのである。
 このことを木に例えれば、「初心」は芽吹きのみを指すのではなく、枝・葉を伸ばし成長するたびに刻んだ生き様の年輪なるものである。
この刻まれた年輪こそ、「初心」を以って人の道を歩んできた証である。だから年輪は「義」の刻印でもある。
この「義」が芸の「技」につながると、どっしりと落ち着いて芸が生きるのである。
 これが、世阿弥の云う芸人の成長過程で遭遇する難関を、避けたり克服する方法である。この方法は一言で云えば、「迷わずに人の道に一徹であれ、さすれば助かる」ということである。

 ところで、芸人が恐れなければならないのは、芸の魅力の劣化である。
これは、芸の空洞化による。芸の空洞化は古き良き人間関係の希薄化から生じる。人間関係の希薄化は、人生の年輪の空洞化をもたらし、それが下等な根性を養うことになり、芸の魅力の劣化につながるからである。

正統派芸人が、水面下の努力や苦労を見せたがらないことの背景には、この人間関係の希薄化という悲しいことが付きまとうからである。
何故、付きまとうかは、芸人個々が持っている鞍馬の天狗に聞いて見なければわからない。
 このように、技芸の訓練と人格の鍛錬に要した努力と苦労によって得た芸の美を重ねる毎に、それに比例するかのように鞍馬の天狗の魔力が働き、失われるものの悲しさ増える。
だから、芸人はその失われること悲しさが、「真摯」さの態度・姿勢の美しさの零(こぼ)れて放つ光彩の裏に、影となってくっきりと現れるのを怖がるのである。
 それは真摯な美しさを得るのと引き換えに、天狗の魔力で何かを無くする傷口の痕を、癒(い)やす便(よすが)が見つけられないからである。
これが、すべての自分を世に晒(さら)すことを避けたがる事由にもつながっている。島津亜矢さんもこれを怖がった芸人の一人である。
 島津亜矢さんはこうしたことを、二十歳前後に気付いている。気づきはしたが、その対処に有効な決断ができず時間が掛かっていた。
 多くの芸人は、こうしたことに気付かずにいたり、有効な手段を見つけられないまま、舞台を去っている。
しかし、島津亜矢さんは苦しみはしたが、これを見つけたのである。だが、それには20年もの時を要したようである。
 そして、その発見によって自分を晒(さら)しても、失うべきものを守り、難題である魅力の劣化をも克服している。
 では次稿で、それは何なのかを、具体的な芸の事例で探ってみたい。


 つくばいの氷が厚い大寒の 招く言の葉三寒四温





幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑤~「芸の魅力」⑱-⑨克服した芸域の空洞化(中の上)



 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの芸における「煮え花」の魅力は、すべての自分を観客に晒(さら)すその刺激によって沁みでる美しさにある。しかし、それは自分を晒(さら)さないよう努めたが、だめだったことの結果でもある。
何故、だめだったかについては、物事に真正面から取組み、何事も隠せないとする正統派芸人の性格によるものと云ってよいだろう。

 ところで、芸が上達するほど、以前から馴染んできた人間関係の疎遠化は、激しくなりやすい。すると、心の空洞化が生じ、温故知新の精神が崩れる。その結果、心の豊かさが細る。それは芸の空洞化を招き、魅力の劣化につながる。正統派芸人はこれを最も恐れている。島津亜矢さんもその例外ではない。

 さて、そうした事態に対して島津亜矢さんは、どのように対処したかである。
 それは嫌っていた、自分を世に晒(さら)したことで、芸の魅力が増したこの結果をみると、それは何を意味しているかである。
答えは簡単である。温故知新の精神が崩れることを最も恐れたところの心の優しさによるものである。
温故知新の精神が崩れることを恐れる心の優しさが、長年苦しんだ挙句、導き出したものは、この精神を死守する覚悟であった。それは、従来からの「魅力作り」の「苦労」と「努力」のすべてが報われなくなったとしても、また、歌手生命を左右する事態に陥ったとしても、この決意は譲らないとする固いものであったようだ。
それは結果として、なりふりかまわず温故知新の精神を守るという選択だったと言ってよい。
 では、何故その選択になったかである。選択肢は他にもあったろうに。
それはこの精神を守ること以外の選択は、自己中心の保身策ばかりで、心の優しさに添えるものはなかったからである。
そこで、自己犠牲まで負って温故知新の精神を守るその価値を定めたのは、何であろうか。
それは、いくら知名度が上がったとしても、いくらCDが売れたとしても、人間としての成長の伴なっていない芸においては、跡に残るものは空しさだけであること悟ったからであろう。
空しさほど自分の生甲斐を傷つけ、喜びを削ぐきっかけになるものはなく、それがまた、他人を傷つけるきっかけにもなりやすい。それは、生涯悔やむ自分を創り上げてしまうことになる。
ここに島津亜矢さんの人間性の真面目さと、心の優しさが頭を擡(もた)げて、自己犠牲の選択を優先し、要領の良さやずるさという自己中心の目先の利を食う選択を嫌う性分が現れている。
そこで悔いを避けようと、この温故知新の精神を守る覚悟を鉾(ほこ)として、人間関係の疎遠化を防ぐ難問に、果敢に挑むようになったのである。それは一方で、自分を世に晒(さら)せば襲ってくる温故知新の精神の崩れを防ぎ、その精神崩壊の基を絶つ盾(たて)にもなることを意味していた。

 こうした考え方に至り、10年間の試行錯誤した我欲の邪念が取除かれたのか、40歳を過ぎた時分から、その影響が顕著に芸の表面に現れてきている。
その代表的事例は、2012年2月2日、NHKBSプレミアムで放映された愛媛県松山市ひめぎんホールでの「BS日本のうた」で、水森かおりさんと披露したスペシャルステージの舞台である。
 この当時の島津亜矢さんは41歳である。この時の舞台での表情には、何もかも吹っ切れた感じをもつ落ち着きと、もう芸に迷うことの無い自信のあふれたものであった。これは島津亜矢さんが、自分に課していた温故知新の精神を死守する関門を、10年かかって突破した自信の表れである。
 以上が、島津亜矢さんの芸人として成長する過程で、心の豊かさが細る弊害の解決に、対処したさまであろう。
 ところで、世阿弥はこうした芸に対する迷いの対処をどう説いているかである。そのことを次稿で採り上げてみたい。


 東雲(しののめ)の茜(あかね)に染まる日の出前
                           幼き頃の母のやすけさ




幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-④~「芸の魅力」⑱-⑧克服した芸域の空洞化(上)



 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの「煮え花」の魅力は、「魅力作りの苦労」という芸の原点までみせるところにある。それは、すべての自分を世に晒(さら)していることでもある。
 では、すべての自分を世に晒(さら)すのは、どういうことでそうなるのか、その影響はどうなのか、そのあたりを探ってみたい。

 島津亜矢さんの芸に取組む「真摯」さは、熊本の人情からきている。しかし、その「真摯」さによる態度・姿勢の美しさは、「魅力作り」の宿命に要した「苦労」と「努力」によって生まれたものである。
そこで、その美しさは一朝一夕にして現われたものではない。30余年という積年の努力の延長線上のものである。言わば、それは過去からの芸の結晶とも云える。
「真摯」さによる美しさとは、その結晶が、舞台の上でポロリと零(こぼ)れ落ちるときに放つ光彩が、美しくみえるのである。ただこの時に、「魅力作り」の「苦労」と「努力」に要した傷跡も同時に零れている。これは芸能美の光と影である。

 島津亜矢さんは当初、影にあたるこの傷跡だけは、見せないように必死に努めていたようである。だが、こればかりは性格上、思うようにならなかったものと思われる。
 では何故、影を見せないように努めたかである。
それは本来、正統派芸人においては、芸に関する水面下の努力や苦労は見せたがらないところからきている。
というのも、この水面下の努力や苦労は、観客が求める芸の喜びに直接関係しないからである。
正統派芸人はこのあたりの見せるべき芸とそれ以外のものを、厳格に区分する信条がある。
その信条は、芸人個人の「悲」をもって「切情」を迫る芸は、芸に値しないとしたところから生じている。

 しかし、この水面下の努力や苦労を見せたがらないとする理由(わけ)は、芸に対する信条だけが、そのきっかけになっているものではない。
それは、「魅力作り」の苦労によって芸の進歩が図られ、芸の真髄に近づこうとするのはよいとしても、その犠牲となって失うものがあるからであろう。
その中で最大の難物は、その失うものによって芸が頽廃(たいはい)することである。
しかも、この頽廃の基となっているものは、舞台が華やかに喝采を浴びるほど激しくなり多くなる。すると、その悲しさも大きくなる。
島津亜矢さんの見せたがらないその本音は、この影から生ずる現象を避けたいとする思いも重なっていたのだろう。こうした本音は島津亜矢さんの心のやさしさから現れる症状である。

 ところで、この失うものは、芸に対する影響が大きい割には、実に他愛ないことから生じやすい。
それは、人間関係の疎遠化である。
疎遠化とは、幼いときから心が通じ合い支えあった人々や、魂の触れ合った人々、気心の知れた人々との関係が、遠のいて往くことである。
原因は、徐々に愛の確認が出来なくなることから生じている。それが馴染み深い人々の減少につながるという結果をもたらすのである。
ただ、それに倍して新しい人間関係もできるはずである。
だが、古いものの良さは、共に費やした時間を取り返せて、今後の活力に生かせるという重みがある。この重みは歩んできた人生の年輪でもある。この年輪がしっかり刻まれて、目が細かいほど丈夫で長持ちし風雪に強い。新しいものにはこれはない。
疎遠化によってこうした心強い年輪を無くすことは、木の幹の中が朽ちて空洞になることを意味する。
この現象は、云わば「心」の空洞化である。心の空洞化は芸の空洞化につながる。芸の空洞化は魅力の劣化につながる。それは心の無い芸は無味乾燥だからである。
この流れの怖いのは、心の空洞化で芸の空洞化が生じることである。何故であろう。
それは、島津亜矢さんも歌っている「温故知新は人の道」という精神が崩れることを意味しているからである。
 温故知新の精神が崩れると心の豊かさが細る。すると、「魅力作り」の苦労によって得た技芸で、芸の真髄に近づこうとしても近づけないのである。それは空洞化で真髄への道が細くなりそして、いつしか無くなっているからである。
温故知新の精神が崩れて、心の豊かさが細る弊害はここに現れる。これは正統派芸人の、最も恐れる事態である。

 これが「魅力作りの苦労」という芸の原点の支えをもって、芸人が成長する過程で遭遇する事態の、ありのままの姿である。
 では、そうした事態にどう対処し、どのように防ぐかは、次稿で触れてみたい。


 雪風巻(ゆきしまき)雪下の麦の芽顔だせず
             ふくら雀ら軒(のき)よりのぞく




幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-③~「芸の魅力」⑰-⑦島津亜矢さんの芸の深層(下)



 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの芸にみる「誠」の輝きは、観客にとって贅沢なものである。その贅沢は、以前に記した料理の「煮え花」の例えと同質である。
「煮え花」については、2017年3月10日から3回に渡る<内堀・編>の投稿で採り上げているのでここでは繰返さない。

 では、島津亜矢さんの今回採り上げた布施明さんとの「マイ・ウェイ」のコラボレーション芸における「煮え花」に似た「誠」の贅沢は、どこに旨味があって、どこが美味しいかである。
それは、「誠実」さを包み込んでいる「真摯」さは熊本の人情から来ており、包まれている「誠実」な姿勢は熊本の風土から来ているところにある。
それに加えて、習練して発する歌声や芸に伴う仕草は、肥後の自然が育(はぐく)んだ「もっこす」精神によつて培(つちか)われたものである。
このように島津亜矢さんの「芸」の土壌は、以前に記した田圃道の木陰ですれ違った農婦の一言にみる人情味と、清流を上り下りする小魚の飛び跳ねる様子にみる熊本の活力によるものである。
これらを映している芸が、旨味となって美味しいのである。
特に、島津亜矢さんの地元・熊本の人々にとってみれば、それは自分を見ているようなものであろうから、島津亜矢さんのこの旨味、美味しさを振り撒いている活躍には、一入の感慨を覚えるであろう。
 そして、さらに加えれば、「魅力作り」に要した宿命の「苦労」や「努力」の跡とは、言わば職業病の治癒した痕のようなものだから、人前で見せる性格のものではない。だが、そうした宿命の跡を、熊本の土壌が包み隠して保護しているのである。
この土壌の、傷跡を隠して保護する様子は、実に巧みで美しい。それは、傷跡を隠す白い包帯が、無垢で清らかな光彩を放ち、すがすがしい美しさで芸に溶け込んでいるからである。そのため一見、そこが傷跡だとか、包帯だとかに気付かない。それは、無垢で清らかな光彩が、芸の味の美味しさを際立たる働きをなすことで、その分だけ爽やかさが増し、芸に清々しい美しさが拡がって感じられるのである。
これは凄いことである。しかし、こうしたところを見せることは、逆に傷跡を見せることでもある。だか、ここを島津亜矢さんが最も大切にしているから、ワザが呼吸をして生きた芸になるのである。
この現象は、時折懐かしそうに口にする熊本弁の暖かさの中や、芸に力強さとか迫力を表現する場合に現れる。

ところが、観客にとってこれら一連の美は、瞼が瞬(まばた)くその一瞬で変化することが多い。
その変化とは、芸能と云う漠然とした霧にまとわれ、ぼんやりと霞んでいる情景の芸が、歌という形の芸でくっきりと判別できる情景に変わることである。その変化で芸能であった歌が、より身近な観客自身の歌になる。だから解かりやすくなるのである。このように、島津亜矢さんの芸は抽象的な芸を具体的な芸に変換して、わかりやすくする特質がある。
島津亜矢さんの芸で、他の芸人さんとの違いはここにある。

 では、歌がより身近で解かりやすくなるのは、何故かである。
それは、島津亜矢さんと共に掴(つか)んだ「歌の誠」が、観客と芸人で分かち合える楽しさによって、芸が二倍の大きさになって迫って来るからである。芸のズームアップ効果である。
このズームアップ効果の特質は、芸人の真心と観客の真心が、ぶつかり溶け合う瞬間をみることである。
ここに、芸の楽しさが身近で倍加されて感じられる要因がある。
 このことは、前々稿の冒頭で、島津亜矢さんの歌唱芸は観客に喜んでもらう範疇(はんちゅう)をはるかに超え、さらにその奥深いところにある何かを、共に探しにいこうと誘っているとしたことの結果である。
言葉を変えれば、スケール感で芸の拡がりをみる本質は、ここにある。

 そして、こうしたことの結果としていえることは、島津亜矢さんの「芸域の広さ」とは、歌唱曲のレパートリーが広いだけではない。とのような歌でもソツなくこなせることだけでもない。それは、「島津芸」に触れた人の心を、無限に近いほど広め、癒やしてくれることにある。
また一方、芸人が避けようとしている、努力と苦労を背負う「宿命」の傷跡をも、恥も外聞もなく見せるところで、「芸域の広さ」を引き立たせているように思われる。
しかも、それを見せることによって芸がより身近に感じられ、「歌の誠」のある場所へ誘ってくれているという実感に結びつく。
芸の奥の深さ、芸域の広さを伺い知るのは、この実感の働きにあるだろう。

 島津亜矢さんが見せた布施明さんとの「マイ・ウェイ」のコラボレーション歌唱から感じた「芸域の広さ」とは、このようなものである。
島津亜矢さんの芸能鑑賞によるこうした現象は、2017年11月15日投稿の、「姿月あさと・島津亜矢ジョイントコンサート」の中で採り上げている2009年3月15日の「BS・日本のうた」と、2017年10月29日の「新BS・日本のうた」で披露した北島三郎さんとの共演の舞台でも、同様なものがみられる。
 ここに島津亜矢さんの芸の深層部分をみるのである。この深層部分にみる魅力が、芸術性である。

 ところで、島津亜矢さんの芸が持つこの豊富な芸術性を、最も注目しているのがNHKかと思われる。
と言うのも、2018年1月7日放映の「新BS日本のうた」でド演歌の「一本刀土俵入り」を歌わせ、併せて文部省唱歌の「仰げば尊し」も歌わせている。さらに、2017年の紅白では洋楽でベット・ミドラーの「The Rose」を歌わせている。また更にさかのぼれば、2017年8月5日「思い出のメロディー」で文部省唱歌「故郷」を披露している。
この流れを見ると、NHKは芸術性の豊富さだけを訪ねているようではないように思われる。
 では、他に何を目論んでいるのか。それをそろそろ考えてみる時期に来ているかも知れない。


 盆栽に咲くや一輪冬至梅 舞い散る雪もフワリと避ける




幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-③~「芸の魅力」⑰-⑤島津亜矢さんの芸の深層(中の下)



 投稿者  安宅 関平

 島津亜矢さんの芸にみる「誠」の輝きとは、どのようなもので、それが何故、美しいかである。

 まず、「誠」の輝きとはどのようなものかを追ってみたい。
 「誠」の輝きは、披露する芸に感じる余力の中に潜んでいる。
その余力は、「誠」を観客と共に探したいと誘う姿勢にある。
その姿勢は、「誠」を観客と共有したいとする願望から生まれている。
こうした願望の発生源は、芸の先を見据えた「寿福増長」「遐齢延年」の目標にあると思われる。
この目標は、「本物の芸・生きた芸」の根幹にあたるものである。
このように「誠」の輝きとは、芸の根幹がきらめいている灯りなのである。

 ただ、「誠」を観客と共有したいとする願望が叶えられるか否かは、しっかりした芸の基礎と、ふわついた雑念に惑わされない強い精神力、それに努力で身に付けた芸の説得力が、披露する芸に伴われるか否かによるようである。
島津亜矢さんの芸の余力は、こうした芸の基礎、強い精神力、それに芸の説得力の三要素の豊富さによって生まれている。
これが島津亜矢さんの芸に、余力が展開されているさまである。

 では、こうしたことは、並みの芸人には思いもつかないことであるとしたのは何故かである。
それは、芸に何かが足りないからである。何かが足りないと感じるのは、しっかりとした自覚に基づく主体性の伴なわれたバイタリティ(活き活きとした生命力)が、芸に感じられないところからくるもののようである。

 ところで島津亜矢さんには、「誠」を観客と共有したいとする願望の実現に必要な三要素のうち、芸の説得力という要素は突出していて、格別の好さがある。
その格別さは、芸に対してあふれる「誠実さ」が「真摯さ」のなかに見え隠れして、優雅で気品をみる妖(なまめかし)さにある。
その妖(なまめかし)さが、物や情景を際立たせ、それがときには美しい趣きを感じさせたり、ときには風流をも感じさせる。こうしたもので、脳裏に浮かぶ情景模様が瑞々しく映るのである。
芸に接した観客の多くはこの瑞々しさに魅せられるのであろう。

 では、「誠実さ」が「真摯さ」のなかに見え隠れしするその妖(なまめかし)さとはどのようなものかである。
それは真摯さ(=真面目で熱心なさま)が誠実さ(=真心をもって物事に対処すさま)を、薄いベールでふんわりと包み込み、その隙間からチラチラ見え隠れするさまである。まるで女性の発する色香のごときである。
言葉を変えれば、それは芸に対処している純粋さが、純情ではないことを物語っている。
というのも、その真摯さに包まれた誠実さによって、鍛え抜かれた声量や音域による歌唱が、より艶やかで活き活きした芸に変身し、美しく感じられるものになるからである。
それは真摯さと誠実さという「心」と、声量や音域それにリズム感などの鍛え抜かれた技芸の「ワザ」とが調和して、心地よく美しい歌唱となって感じられることが、「個性」となって発揮される現象からくるものであろう。
島津亜矢さんの芸には、こうしたところにしっかりした主体性を保つ基盤をみるのである。
 ここのところが前々稿でいう、芸に真摯に取組む姿勢の中に、歌を愛敬する真意の宿る心の美しさが、芸の表面に現れて輝く現象であるとした所以である。

では、次に「誠」の輝きが、何故、美しいと思えるかを追ってみたい。
それは、「誠」が輝くその元(もと)を糺(ただ)せば、美しいのは心の中にある「誠実」さである。
「誠」とは、「誠実さ」をベールで包んでいる「真摯さ」ともども一体にして抱え込み、芸の「ワザ」の奥で「誠実」さの灯りに何かの要素を加えて増幅させているから、観客には技芸が美しくなって見えるのである。
というのも、「技芸」は表に現れて観客の眼や耳に触れ、芸を楽しませるが、「誠実さ」は「誠」が包み込んで芸人の心の中にひそみ、美しい芸へと誘導して技芸を支えているものだからである。
こうしたことから、観客には表面の芸しか見えず、裏に隠れているものには気付かないのである。その結果として、芸が美しく見えることになるのである。そこで「誠実」さの灯りに加えられる何かの要素とは、この裏側で活動する「誠」の闊達な「自由」さである。
そのことを裏返せば、芸が美しく心地よく感じられるのは、「誠」の輝きによるものであるが、その「誠」が輝く要因は、「誠実さ」の美しい灯りを増幅しているところにある。その増幅によって技芸に冴えが生じ美しくなるのである。
 このことを、世阿弥は「芸」イコール「人格」と表現をしている。


 さて話しは変わるが、前稿と前々稿で採り上げた島津亜矢さんの第68回紅白で、NHKの「攻め」に対してどう対処するかとの結果は、「もっこす精神」での対応であった。
そして、NHKは自らの意地を通すことなく、全面的にその精神を尊重して、それを生かす努力がなされたようである。
その意味では、この攻防は意義のある美しい結果を、生み出したものと思われる。

 というのも、島津亜矢さんにとって、NHKの「攻め」の思いは大変ありがたいものであっただろう。
何故なら、NHKはこの紅白を島津亜矢さんの芸をよりよくアピールする好機と捉えていたようだからである。
そこで「攻め」の意図したことは、この好機を大切にすることであった。
今回も、昨年や一昨年にみせた品格のある芸を目指せば、この好機は生かせると踏んだようである。
そこで今回の洋楽を歌唱する舞台に工夫を施すには、和服は不釣合いの感を招きかねないとの思いがあった。ただ、このことは以前の歌番組で、和服で洋楽を披露した結果、好評を得たことがあった。だが、同じことの繰り返しは新鮮さがなく、「柳の下のどじょう」はそう何匹もいないと踏んだようである。
そこで、洋楽歌唱に合った衣装をお願いする必要があると考えたのであろう。
言い換えれば、これが親心のありがたさである。
しかもこうした場合においては、従来よりいかなる時でも変わることなく出演依頼を受けたマスメディアはNHKであるだけに、その親心に近い「攻め」の意図に、応えたいと迷う芸人は島津亜矢さんだけではないだろう。この心の優しさもよく分かる。

 しかしながら今回の「紅白」も、従前同様アピールの好機であるとしても、歌手としての所属感というか、自己の存在証明たることを薄めることは、避けたいとする気持も、よく頷(うなづ)ける。これは島津亜矢さんのアイデンティティの喪失につながるからである。
 言い換えれは、今回も「利」より「義」を優先したのである。このあたりはいかにも島津亜矢さんらしい選択である。
それによって、島津亜矢という人間性が、環境や時間の変化に関わらず、連続しているとした主体性の維持が図られることになる。この主体性の維持こそが、芸人として、はたまた人間として最も大切なものであろう。
 こうした事由からか、衣装は和服を選択し、しかも黒を基調とした地味な衣装であった。ただ、これには正直驚いた。
ところが、驚きはしたがそこはさすが島津亜矢さんである。黒を基調の舞台セットと黒の衣装との調和によって、際立つ上品な美しさと、落ち着きのある雰囲気が醸し出され、品格のある楽曲の歌唱に仕上げられていた。
 結果として、NHKの「攻め」に対して、意表をついた選択の答えだと感じられたが、その主旨は、やはり楽曲・「川」の精神を貫いてよかったようである。
そこで、この歌詞を替え歌にすれば次のようになる。
   「川の流れと 人の世は 澱みもあれば 渓流もある
    義理の重さを 忘れたら 立つ瀬なくして 沈むだろ
    黙って 私は 川になる」

 一方、NHKが意地を通さなかったのは、島津亜矢さんのこうした考えは、人道の基本に添ったことだったからであろう。
この思慮深い思いを、どのようにして、舞台に表現できるかを苦慮したのではないかと思われる。しかも黒を基調とした和服の衣装では、相当戸惑ったかも知れない。
だが、そこは舞台の専門家もいるNHKである。これまた意表をついた舞台に仕上げたものである。
それは、静けさと華やかさと力強さ、それに荘厳さの芸に「華」の定評がある島津芸に加え、黒を基調とした和服の衣装に対する舞台セットには、これまた黒を基調とした宗教的雰囲気がよく合うのではとの考えに及んだようである。
それが「愛」をテーマとした楽曲の歌唱の神秘性にもよくマッチし、歌唱に奥行きの深さと気品が伴われたことから、歌と舞台はNHKの思惑通り大衆を魅了したようである。
 ところで、NHKが島津亜矢さんを攻めあぐめたものの、その結果得たものは「山」の歌にある心境かと思われる。
これも替え歌にすれば次のようになる。
   「流れる雲の 移り気よりも うごかぬ山の雪化粧
    頑固印の和服をまとい 生きるあなたの 横顔に
    我は美徳の 山をみた 我もなりたい 山をみた」

 この「山」の歌にある精神が、第68回紅白の番組構成に影響を及ぼしたのか、前々回や前回と比較すれば、番組そのものにわずかばかり歌番組の芯らしきものがちらつき、若干の落ち着きを感じるもののようであった。


 啄木の詠みし短歌に救われる 「元日の朝晴れて風なし」