FC2ブログ

幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-⑤-⑧-⑩-⑤ 


 投稿者  安宅 関平

 本稿は、第五歌唱群で最後の「麗人抄」を採り上げてみたい。
 この楽曲は2011年、40歳時におけるアルバム「悠悠 阿久 悠さんに褒められたくて」と、同年にシングルリリースした「恋慕海峡」のB面に収録されている。

 この楽曲は演歌の典型かと思われる。哀調のフェロモンが大量に発せられている。
その意味では、若い諸氏にとっては、苦手な部類の楽曲だろう。
その理由は、「悲しい酒」や「心もよう」で採り上げているから、ここでは省きたい。
だが、下記の事柄に注目して、この楽曲を聴いてもらえればありがたい。
それは、今後の音楽鑑賞に少なからず役立つと思われるからである。
 その注目事項とは、この楽曲の鑑賞に先立って、付け加えたい四つの事柄であり、島津亜矢さんの歌唱の良し悪しは、これによって決まるかもしれない。

 その第一は、島津亜矢さんの歌唱における「哀調」の特質として、「静けさの中に活力」が含まれていることである。
この良さは、歌唱を聴き終わった後で気付くことが多い。
それは、この「麗人抄」や以前に採り上げた「悲しい酒」などもそうであるが、楽曲特有のしっとりとした粘りがあるにもかかわらず、飽きが来ないことに気付くだろう。それは何故かといえば、歌唱に凹凸を持たせ、静けさの中に活力を溶かし込んで、歌唱が平面的にならないようにしているからである。

 付け加えたいことの第二は、島津亜矢さんの芸は、正直に言って難解だということである。
その難解さはどこから来るのかと言えば、人格の陶冶によって、今まで見えなかったことが見えてくると、それが直ちに芸に現われることにある。
すると、1ヶ月前の芸と今日の芸に何か合わないものを感じる。つまり、芸の深みに前回との乖離感を感じるのである。その乖離感が、また新たな魅力になる。だから見るたび聴くたびに、新たな感動があるのは、このためである。
 では何故、乖離を感じるのかである。
それは芸を見聞きする者は、島津亜矢さんの人格陶冶の成長より、遅れを取っているからである。その遅れた分だけ乖離感が発生するものと思われる。
ここに、島津亜矢さんの芸に難解さをみる原因がある。だが、それを期待して芸を楽しめる思いも一方ではある。

 難解さと言えば、素人にとって歌詞の解釈で難解なのは、阿久悠さんと中島みゆきさんの作品に多い。
 この「麗人抄」の楽曲の歌詞は、阿久悠さんの作品であるが、この歌詞もまた、素人には複雑で分かりにくいものである。
 何が分かりにくいかといえば、何を表現しているのか、掴めないからである。
そのうちに、これは人間の異性に対する哀調を、表現していると思えるようになるが、男性の女性に対する想いの哀調なのか、女性の男性に対する想いの哀調なのか、つまり、「男歌」なのか「女歌」なのかが、分かりづらい。
そこで、歌詞を7、8回読み返すうちに、これは「男歌」だとか、「女歌」だとかと、どちらと決める歌詞になっていないと考えると、もやもやの謎が解け始める。
そして、男女の悲哀の哀調を、交互に歌ったものだと受け止めれば、すんなりと歌詞に溶け込めた。
その結果を歌詞に表示してみると、次のようである。

 「麗人抄」の歌詞

   日暮れ紅さす眉をひく         男歌
   歌も演歌をくちずさむ
   溜息もほろほろ
   夜風のなやましさ

   仇な色目のなつかしさ         女歌
   言葉たくみないつわりも
   憎んだりしないわ
   男と女なら

   きれいに咲いたら とげあるバラの花  女歌
   素直に惚れたら 爪ある白い指      男歌


   化粧濃い目に泣きぼくろ        男歌
   隠すしぐさのいじらしさ
   残り香もしみじみ
   未練をかき立てる

   愛を信じた夜があり           女歌
   愛を失くした朝があり
   思い出をたずねる
   一人の昼がある

   心を刺すのはやさしいまなざしで    女歌
   憂いを知るのは涙のひとしずく      男歌

   きれいに咲いたら とげあるバラの花  女歌
   素直に惚れたら 爪ある白い指      男歌

 このように男と女の異性に対する悲哀が交互になっていると解釈すれば、大変分かりよくなる。
時折、阿久悠さんの詞には、詞の構成を変えたり、言葉の紡ぎ方に変化をもたせたりして、詞を読むのに単純な素人には、戸惑うことがある。
では何故、「麗人抄」をこのような構成にしたのかである。

 その答えを、島津亜矢さんが歌唱によって解き明かしていることを、付け加えたいことの第三にしたい。それだけ、歌唱が分かりやすいということである。
 それは、この歌詞を島津亜矢さんは、一見「女歌」風に歌っている。
これについてはメロディーの醸し出す哀調のムードに従って、不可解な歌詞の歌唱を聴くものと思きや、さにあらずであった。
 それは、島津亜矢さんは凄い読解力をもって、歌詞の主旨を読み込んでいたことにある。
この楽曲を、作曲家や作詞家は、哀調そのものをテーマとした表現を、求めていると読み取ったのである。
そこで、「女歌」風な歌唱になったものと思われる。
と云うのも、「哀調」の本質は、弱々しい儚(はかな)い美しさにあることから、歌唱におけるその美しさの表現は、「女歌」の美しさの表現と重なるものがあることから、こうした現象が生じたものであろう。それは自然の理でもある。
そのため、歌い振りからして心の中は、儚(はかな)い哀調のさまを歌っていて、「女歌」として歌っていない。
 更に、この歌唱から察せられることは、島津亜矢さんの詞の読み込み方に、更なる深さと広さが感じられる。
それは、まず哀調そのものの実質的な美しさの捉え方が深いことである。
哀調本来の美しさは、熟しきった男女の間に起きる愛の葛藤の中にあるとした。更に哀調美の本流はここにあると捉えたことである。
そこで、男女の間に葛藤している愛を、そこから遊離させ、哀調のさまの本質的な美しさを見定めることに、腐心した跡が感じられる。
その上で、その本流の美をあぶりだし、万人に共通して感じられる歌唱表現にしたいとしたものが、この「麗人抄」の歌唱である。それによって、作曲家や作詞家の哀調そのものをテーマとした表現を求める期待に応えられると踏んだのである。
この読みの深さには、驚くばかりである。

 そこで、鑑賞に先立って一言付け加えておきたいことの第四は、哀調フェロモンの多さの理由を見い出すことである。
それは、哀調美を表現目的としていることから、「哀調」という実態の美しさを表現するために、哀調のフェロモンを数多く発散する歌唱に、心掛ける必要があったことである。
その意味では、このフェロモンの発散は、実はフェロモンそのものの美しさを表現するためのものでもあるといえよう。
阿久悠さんは、そのフェロモンの見本を並べた構成の作詞にしたのである。
そのことで分かりづらかった歌詞の内容を、島津亜矢さんは歌唱によって分からせてくれたのである。

 そこで、若い諸氏に感じて欲しいのは、表面に出るフェロモンだけに捕らわれず、演歌にフェロモンが何故、必要なのかを見い出して欲しいのである。
演歌の良さは、「麗人抄」の歌唱にもみられるように、人の心の美しさを追求する深い視点にある。それは、着物の裾で、ほころびかけようとしている一筋の糸に、思いやる心の繊細な美しさに似ている。
この歌唱にみられる哀調のフェロモンは、その美しい深さの一例に過ぎない。
そうした視点によって、島津亜矢さんの歌の深さとか、芸の重さに気付き、興味が湧いてくるものと思われる。

 どうか、若い諸氏には、以上に挙げてきたこの付け加えたい4点の要領を踏まえて、演歌の音楽鑑賞に少なからず役立ててもらえれは幸いである。


 女郎花(おみなえし)花を色あせなにをした
               晩夏の艶を見せてたもれや


スポンサーサイト

幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-⑤-⑧-⑩-④ 



 投稿者  安宅 関平

 本稿では「心もよう」を採をり上げたい。
この楽曲は、アルバム「BS日本のうたⅦ」に収録されている。
前稿の「京都から博多まで」と同一の2012年、41歳時におけるアルバムである。

 まず、「心もよう」は、楽曲の題名が清らかで美しい。そして、楽曲も垢抜けした清新な感がある。
 その清らかさと清新さは、ある清酒の広告宣伝の映像に似ている。
その映像は、朱塗りの大杯に酒が並並と注がれ、そこに最後の一滴が落とされた瞬間、静寂に満ちた水面が乱れて波打つ。
そこから溢(あふ)れる酒の雫(しずく)が、キラリと光りを放ちながら零(こぼ)れるさまを映したものである。
 「心もよう」の題名にみる美しさのその心は、朱塗りの大杯に注がれた酒の静寂が崩れるその美しさが、「愛」が動揺するときに起きる美しさとダブることである。
 また、楽曲にみる美しさのその心は、最後の一滴で光る雫(しずく)のごとき美しさが、溢(あふ)れる落涙の美しさとダブることである。
こうした美しさは、恋の終る瞬間か、愛が消える瞬間にも似たものであろう。
そこには、切ない哀調を感じるものがある。だが「しつこさ」や「ごてごてさ」は感じない。そこに「恋」や「愛」が消える瞬間の、美しさがより強調されている。
 この楽曲は、題名からして、このような美の味わいを感じるところがいい。

 そうした題名の垢抜け感は、詞やメロディーにも溢れている。
 そこで先ず、メロディーについて言えば、導入部分は静かである。後半に同じ調子のメロディーを複数回繰返し、何ものかと葛藤しているさまを感じさせて終らせている。それは実にシンプルである。
 一方、歌詞においても、涙とか、忍び泣きとか、未練とか、別れとか、怨み等の、愛に関する刺激の強い言葉は見られない。他にも「しつこさ」や「ごてごてさ」をイメージする文句は一切出てこない。
なのに、歌唱からは切ない哀調がしみじみ伝わってくる。それは、シンプルさと清涼感の醸し出す美しさから来るものであろう。

 若い諸氏は、この美を決して見逃さない。この美に魅力を感じるのである。
そのことを裏返せば、それだけ心が清純で、僅かな言葉のやさしさで、敏感に反応できるのである。
このあたりは、ある意味では若者の特権でもあろう。
こうしたところが同じ「悲恋もの」でも、演歌との違いを感じる。
演歌に「しつこさ」や「ごてごてさ」を好むのは、それだけ刺激を強くしなければ反応できないほど、こころが鈍感になっていることなのかも知れない。

 ところで、島津亜矢さんは若い頃から、このあたりに演歌業界の対応のまずさを感じていたようである。
人は、心の鈍感さが進行するほど、刺激の強い楽曲を好むようになり、それが果てもなく続けば音楽本来の美しさを見失ってしまう。すると演歌は斜陽化することは必至である。更にそれに拍車を掛けるのが、カラオケブームである。このブームで創作楽曲の単純化、無味乾燥化の進行が激化する。
それらによってもたらされるものは、演歌の自滅以外にない。
 そうなる前に方向の転換を図り、あまり大衆に迎合することなく、美しい正常な演歌を提供することが、演歌を救う道だというものだったようである。
その正常化の第一歩が、「明るさと強さ」の歌唱ではないかと考え、20年前から実行して来ているのであるが、演歌業界はこの思想を無視し続けて今日まで来た。その結果が今の演歌業界のさまである。
しかし、島津亜矢さんはそうしたことに、ひるむことは無かった。
この間にも、「明るさと強さ」の歌唱のほか、演歌の垣根を越えて、楽曲のレパートリーを増やし、POPSやジャズまでもとジャンルを拡げて、芸の間口と深さを追い求める努力は、絶やさなかったのである。

 それが、アルバム「BS日本のうたⅦ」で聴く、この「心もよう」の歌唱振りにも、発揮されている。
 では、どう発揮されているかを見てみたい。
 歌唱は、出だしは静かで、後半は力強さをもって迫ってくる。
そうした歌唱には、肩肘をはらない力の抜けたゆったり感と、楽曲の中の恋人2人を、いたわる暖かさを覚えるものとなっている。
それは、この楽曲を構成しているメロディーと歌詞の特徴を、島津亜矢さんなりに生かそうと、苦心した結果の現象であろう。
この楽曲は終始、この現象を基調にした歌唱になっている。

具体的には、出だしからの、
   「さみしさのつれづれに」から、
   「作った歌も 忘れたのに」
までは、大杯に並並と注がれた酒の、静寂に満ちた水面のさまのようである。零(こぼ)れないように、島津亜矢さんは静かに歌っている。
そこからは、この楽曲の主人公の、心の美しさと温かい人間性が、哀調を伴って迫ってくる。この哀調は、ひっそりと静かで、気づきにくさはあるが、そこに上品さがあることから、確実に聴く者のこころに浸透してくる仕組みになっている。また、歌唱の丁寧さが、よりそれを促進させている。
 更に、後半の
   「さみしさだけを 手紙につめて」から
   「季節の中で うもれてしまう アア」
においては、水面が乱れ、光りをキラリ放ちながら溢(あふ)れ落ちる雫(しずく)のさまのような美しさである。
ここでは、メロディーが変わり、変わったメロディーのフレーズを、2回、繰返している。
メロディーのフレーズの繰返しについては、更に2コーラス目の、
   「さみしさだけを 手紙につめて」から
   「季節はめぐり あなたを変える アア」
までの間に、4回繰返している。
この繰返しによって、静かに浸透してきた哀調が、勢いをつけて力強く迫ってくる。
これが島津亜矢さんの歌唱の特質である。
 というのも、島津亜矢さんは、メロディーに歌詞をくっつけて歌うのではなく、歌詞にメロディーをくっつけて歌う。そのため、歌詞中心の歌唱となり、歌の内容が分かりやすい。分かりやすいから、説得力が富む。
 他方、メロディーについては、島津亜矢さんの持つ図抜けたリズム感を伴う歌唱によって、聴く者を心地よくさせる。そこにメロディーが生きてくるのである。

 とは言うものの、この反復を繰返す歌唱の部分は、歌い手にとって大変難しいところかと思われる。
それは、この部分の歌唱は、鍛え抜かれた歌唱力がないと、せっかくの心地よいメロディーが、単純に聴こえたりするからである。そしてそれの繰返しによって、しつこさが浮き上がってくる。
すると、繰り返しの箇所に飽きが来て、歌の良さが損なわれることになりかねない。
 島津亜矢さんは、その難しい個所を、水面に波紋が規則正しく広がるような精巧なリズム感と、キラリ光る綺麗な高音を、一糸乱れず放ちながら聞かせて、零(こぼ)れる水滴に潜むごとき、強い「愛」が崩れるさまの迫力を、表現している。
こうした迫力の歌唱は、聴く者にとって必然的に心に高ぶりを覚え、脳裏に歌詞の情景が、鮮やかに移動しながら映し出されて行くのを覚えるのである。
しかも、この一連の流れに潜む哀調の爽やかさは、これがまた見事である。

 こうして楽曲を聴き終えてみると、そこにあるものは、何であろうか。
それは、力強さとその迫力で迫る表現力が持つ、説得力の歌唱のよさだけではない。
そこには、島津亜矢さんの「声質」が持つ「哀調」と更に、歌唱のジャンルを拡げて得た、音楽の深さからくる暖かな「哀調」という、この二つの「哀調」の、融合された美しさが現れているのである。
二つの「哀調」の融合されたその美しさとは、酒の一滴がキラリと光り放ち、杯から零(こぼ)れるときに見る真珠の輝きに似た美しさである。

 このような輝きをみるには、刺激的な言葉は必要でない。日常の生活の中にある「さり気ない所作」の表現が、一つあればそれで十分である。
それよりも大切なことは、芸人に「さり気ない所作」の表現を生かす歌唱のセンスがなければ、このような輝きがみれないのである。
フォークやJ・POPSには、こうした美の輝きのみられる要素が、あちこちに散りばめられているから、そのセンスさえあれば、真珠の輝きはその歌唱で、いつでもみられるのである。ここに、演歌との違いがある。

 若い諸氏の鋭敏な感性は、この美しさを決して見落とさない。
繊細さを持つ島津亜矢さんも、「心もよう」にあり、演歌にはない、こうした哀調の美が輝く特徴を見逃すことはない。それを上手く歌唱に生かしている。その生かし方は、演歌の場合よりも、自然で美しい。

 こうした美しさを最もよく見い出せた最近の事例では、2018年7月17日、NHK放映の「歌コン」で披露した「海の声」かと思われる。
この歌唱は、男女の愛を表現したものであるが、その「愛」を一度、大自然に浸し、透過して表現している。
だから、「愛」が自然に溶け込み、山や川、波と一体化されたものになっている。
島津亜矢さんはこのように、この楽曲に感じる哀調を、大自然の中を迂回させる技法で、愛と自然を一体化し、聴く者の心に届ける歌唱にしている。だから、爽やかで気持ちよく聞こえ、こころが洗われるように感じられるのである。
と云うのも、大自然ほど人の心を打つものは無いだけに、歌唱でそれに近い感動を味わえるのはこのためである。
 また、2018年10月9日、NHK放映の「歌コン」で披露した「ひとりの悲しみ」・「また逢う日まで」も、思慮深い歌唱ではないかと思われる。これについては長くなるので、本稿の末尾に付記したい。
「心もよう」の哀調表現は、「海の声」、「また逢う日まで」にみる哀調表現ほど、気配りに完成度は見られないが、他の歌い手さんには見られない繊細さと美しさは群を抜いて感じられるものである。

 このように本稿では、哀調にはジャンルの垣根の無いことや、島津亜矢さんの哀調表現の変遷を知りえたものと思われる。これは当初目的にしていたことでもある。
そのことを言い換えれば、島津亜矢さんの哀調は、力強さを持つ原型のものから、柔らかさを感じる現在の哀調まで、その変遷した過程の姿を見ることができた。
更に「哀調」が垣根の無いマルチ歌唱において、必要不可欠なことも、「心もよう」や「海の声」「また逢う日まで」で理解できた。
 ところでこうしたことは、演歌業界が世の流れの途中で立ち止まっている間に、芸の間口と深さを追い求め、演歌の垣根を越え、ジャンルを拡げて得た努力の賜物である。
それを、歌を介して聴く者が享受できる、この幸せに感謝している。
 次稿は、「麗人抄」を採り上げたい。


 秋風の中に分けいり雁きたる 永久に変わらぬ鳴き声あげて






追録
 「ひとりの悲しみ」と「また逢う日まで」の歌唱について。


「ひとりの悲しみ」の歌詞

   明日が見える 今日の終わりに
   背伸びしてみても 何も見えない
   なぜか さみしいだけ
   なぜか むなしいだけ
   こうして はじまる ひとりの悲しみが
   こころを寄せておいで
   あたためあっておいで
   その時二人は何かを見るだろう


「また逢う日まで」の歌詞

   また逢う日まで 逢える時まで
   別れのそのわけは 話したくない
   なぜかさみしいだけ
   なぜかむなしいだけ
   たがいに傷つき すべてをなくすから
   ふたりでドアをしめて
   ふたりで名前消して
   その時心は何かを話すだろう

 これは時代性を映したものだとの説明を受けての歌唱であった。
阿久悠さんは、新しく歌詞を書き直したという。それは挫折する若者に向けた歌詞「ひとりの悲しみ」を、男と女の物語とした歌詞「また逢う日まで」だというものである。

 そこで、「ひとりの悲しみ」では、若い時の日々は常にさみしさ、空しさが尽きず、挫折することの多い時期である。だから慰めあう人を持つことが大事だという歌詞である。
 「また逢う日まで」では、若い時の日々は自己主張し合うときである。その結果、若いふたりには別れの時がくる。その時、仲良く過ごした時間を胸に抱いて去ろうとするのだろうが、その時間は何だったのであろうかとの宿題を、抱えて去ることになるという歌詞であろう。
 これはどう見ても、挫折を慰め合うために一緒にいた二人が、ついに分かれる時が来たというものにしか、受け取れない内容ではないかと思われる。つまり、この二つの歌詞には連続性があるとの解釈がなされ易い。

ところで、阿久悠さんは、詞を変えたのも時代性、それが売れたのも、売れなかったのも、時代性だといっている。
と云うことは、この時分の大衆は1年という短期間で、そのように好みが急激に変化したのであろうか。
これはある意味では大変怖いことである。戦後25年も経っているのに、まだ何か、化け物に踊らされているようだからである。この時分の大衆の自意識は、まだひ弱で薄っぺらなものだったのであろうか。

 さて、島津亜矢さんは歌唱で、こうしたことを大変上手い哀調で表現している。
「ひとりの悲しみ」は、粘り強い印象の歌唱で、諦めずに頑張れとの声援をみる哀調表現になっている。
これに対し、「また逢う日まで」は、あっさり感を前面に出し、別れにつきものの、もの悲しさの滲ませた哀調表現となっている。
同じメロディーでよく似た歌詞の内容でありながら、詞の解釈で心の持ち方を変えて歌っていることが、分かる芸であるように思われる。
 この歌唱に関しては、時代性をどうのこうのというより、歌詞の解釈と楽曲に対する繊細な気配りの完成度の高さに凄みを覚えるものである。

 だが、更に加えれば、「心もよう」から「また逢う日まで」の歌唱までに、6年の歳月が流れている。
前者に比し後者の完成度は目を見張るものがある。
しかしながら、島津亜矢さんの能力からして、6年の歳月でこの完成度は生ぬるいような気がする。本来なら、まだまだ多くの感動を覚える芸を積み重ねられた時間であったように思われる。
そうした厳しい見方をするのは、それは恩師・星野哲郎氏の期待に応え得る芸に与えられ時間は、あと3年余りを残すのみとなっているからである。
 キバレー、島津亜矢さん。


幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-⑤-⑧-⑩-③ 



 投稿者  安宅 関平

 第五歌唱群の哀調については、これまで「裏みちの花」と「悲しい酒」を採り上げてきた。あと、「京都から博多まで」・「心もよう」・「麗人抄」の3曲残している。

 そこで本稿では、「京都から博多まで」を採り上げたい。
 この楽曲は、2012年、41歳時におけるアルバム「BS日本のうたⅦ」に収録されている。このアルバムはその前年の2011年、アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」で芸風に変化が認められた後の、リリースアルバム「島津亜矢 さすらい歌めぐり」に続く、第2弾のアルバムである。
そのためか、「BS日本のうたⅦ」に収録の「京都から博多まで」の歌唱には、しっとりとした爽やかな粘りがあり、歌唱の凹凸も自然で優しい。いわゆる芸質が、「硬」から「軟」に変化した証しがそこにある。

 ところで、この楽曲は素人でも口ずさみやすいメロディーである。島津亜矢さんのオリジナル曲にみるような、素人にとって口ずさむのに難儀するところはみられない。音階が緩やかに上昇したり、下降したりを繰返しているからであろう。
ただ、それだけに平面的である。それがため、素人は割と曲に乗りやすい面もある。
素人が曲に乗ると、時速30キロの単線鉄道で故郷へ帰る時のように、ほのかな温か味と漠然とした不安に包まれる。
このような感じに誘われるメロディーは、久しぶりである。
島津亜矢さんのオリジナル曲「思い出よありがとう」以来かもしれない。そこには、メロディーの曲調は違っていても、慕情を誘う楽曲の仕組みがよく似ているからではないかと思われる。

 だが、この慕情を誘うメロディーに対して、歌詞は思いが叶わない切ない恋慕の情を、表現したものである。
そこを、オリジナル歌手は少しヘだるそうに歌っているのも分かる気がする。ただ、そこに哀調の「しつこさ」が出るのである。
それは、平面的な曲調の上に、平凡で悲しい男女の愛の物語が繰返されるからである。

 ところが、島津亜矢さんはこの楽曲を、歌唱に「硬」・「軟」のメリハリを使って歌っている。これによって、平面性は解消している。
哀調の「しつこさ」においては、歌唱に「強」・「弱」を以って、変化をもたらしている。この変化の刺激によって、愛することの悲しさにライトを浴びせている。それによって悲しさよりもその悲しさの持つ美しさが強調されている。そうした工夫から感じられる恋慕は、聴く者にとって悲しさよりも美しさが優先されて感じることになる。すると、そこには暗さが浮かんでこない。爽やかさが残るのみである。その爽やかさによって哀調の「しつこさ」が失せている。
さすが、こうしたところは、41歳時の歌唱作品である。

 では、そこのところを、具体的にみてみたい。
   「肩につめたい小雨が重い」から
   「鐘が鳴る鳴る憐れむように」
までは、弱々しく軟らかく歌っている。
そして、
   「馬鹿な女と云うように」から
   「西へ流れて行く女」
までは、硬く、強い調子で歌っている。これで平面性が苦にならない。
そして、
   「京都から博多まで」
の、歌詞は、捨て鉢気味のごとき心境が表現されている個所である。
島津亜矢さんはそのあたりを、京都と博多の距離の長さと、恋の思いが成就しない時間の永さを掛けて、吐き捨てるような歌唱表現にして、その捨て鉢気味になる不満に迫力を持たしている。これによって、悲しさの持つ美しさが強調されて、哀調の「しつこさ」が、影を潜めている。
このように、島津亜矢さんは楽曲の、内容の解釈の深いさと、繊細な気配りをもって、歌っていることがよく分かる。
こうしたことは、他の芸人さんにおいても、それはあるのだろうが、島津亜矢さんの場合においては、それが素人にでも分かるところに大きな違いがある。

 ところで、それによって生じることは、耳障りになるような哀調の「しつこさ」が消えていることである。
むしろ、若干の爽やかさを含んでいることから、清涼感を感じるものになっている。このあたりは他の歌い手さんと鮮明に違っているところである。
 ここは、さすがである。
 と云うことは、2011年に感じた芸風の変化は、哀調表現にも影響していたのである。
つまり、それは、哀調表現のコントロールが、可能になったということである。
従来の哀調は、情感をかぶせた歌唱による効果もさることながら、声質の持つ哀調効果に多くを頼っていた。
しかし、「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」以降は、歌唱の「強・弱」、楽曲への「深い解釈・気配り」を基本とする変化に、芸風の「硬・軟」を使い分けして、会場の雰囲気によって哀調表現のコントロールが、より鮮やかに効く様になったのである。
と云うのも、この「京都から博多まで」は、28歳時の青年期での歌唱作品より、41歳時の作品は、歌唱にずっしりとした重みと深みが際立ち、歌唱に角(かど)もなくなっている。しかも、あるところは穏やかに聴こえたり、またある箇所は、聴く者が歌の中の主人公に愛着を感じるほど、馴染めて親しめるというものに仕上がっている。
こうした歌唱の効果は、人格の向上と、声質に頼らない哀調表現の向上に、よるものであろう。
ただ、声の艶が28歳時より弱められているのは、止む得ないことだろう。

ところでこの楽曲は、メロディーの曲調は「裏みちの花」に似た部類に属すると感じられる。
それは、慕情を誘う楽曲だけに「しつこさ」を感じやすい。
だが、歌詞は、「心もよう」に似た部類に属するようである。
それは、「しつこさ」を感じず、割とあっさり感をみるからである。
 ということは、メロディーには演歌の「しつこさ」を感じるが、歌詞にはJ・POPS並の、薄味で垢抜けしたものを感じるというものである。
 島津亜矢さんは、そこを上手く歌唱に生かしている。
 本来、島津亜矢さんの歌唱は、詞を伝えることに重点が置かれている。これは星野哲郎氏の直伝によるものであろうが、それによって、聴く者は歌への理解力が冴えてくる。理解力が冴えると、哀調に頼らなくても楽しめるようになる。すると「しつこさ」や「ごてごてさ」の必要がなくなり、無視できるようになる。
この「京都から博多まで」の歌唱に愛着を感じ、馴染めて、親しめるのも、この楽曲の哀調に「しつこさ」や「ごてごてさ」を感じないからであり、またそれがあっても気にならないからである。
島津亜矢さんは哀調の機能を、このようにセーブしたり高めたりして生かせる能力を持ち合わせたのである。
この技芸は相当難しいものと思われる。なぜなら、声質に哀調があるためである。それだけに、まだ十分な完成の域に達した感じではないが、これは他の芸人さんには見られない技芸である。
 ここに島津亜矢さんの芸に対する執念をみることができる。
その執念とは、歌を聴く者に楽曲が伝えたいことを、より分かりやすく、より心に響きやすく、より楽曲と聴く者の心の一体化ができるかを、追い求めて止まないことを指している。
その執念が、歌を聴くたびに質の向上をみる原因になっているのだろう。

 ただ、それだけの研究心と努力ができる能力を持ち合わせているのだから、いまだ成し得ていないことも、近い将来に克服するとの希望が湧くのである。
その成し得ていないこととは、それは芸の質において、人生の結論・結果の表現における哀調は、他より優れた面がある。
だが、人が引きずる運命の、「幸」の手前から「不幸」の手前、あるいは「不幸」の手前から「幸」の手前のあいだを、行き来する心の移ろうさまの哀調表現には、何故か充実感が見られないことである。
言葉を変えれば、人が困難を突破して誰もなし得ないことを為した時の輝かしい状態の表現や、逆に不幸や悲惨な出来事に追い込まれた結末の表現には、他を凌駕する面があるが、その間を行き来するさまの表現、つまり運命の良し悪しに翻弄される人間の、幸の端から不幸の端へ揺り動かされるさまの表現には、弱さが見られるようである。
 しかし、これには、神業のような技芸とそれを支える強い精神が必要かと思われる。
だが、これを克服できると、世に希な芸人の誕生をみることになるだろう。
そこに島津亜矢さんの明日の希望を託している。


 川風の思い涼しく近寄れば 打ち寄す波に秋は立ちけり


幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-⑤-⑧-⑩-② 



 投稿者  安宅 関平

 次は、「悲しい酒」である。
この歌唱は2009年、38歳時におけるアルバム「波動 亜矢・美空ひばりを唄う」と、更には2010年の39歳時のアルバム「BS日本のうたⅥ」に、収録されている。

 この楽曲は、典型的な演歌である。浪曲調に似たメロディーで構成された悲恋もので、哀調のフェロモンを大量に発している。
 ところが、若い諸氏の多くが避けたがる部類の楽曲でもある。
若い諸氏にとっては、そこには哀調表現が必要以上に多いからである。
 では何故、今まで多くの人に受け入れられていた楽曲が、現在の若者において哀調過多の楽曲として受け止められるようになったかである。
 それは、経済や制度の仕組みに因って多くの精神的貧困層を産んだ時代においては、社会的閉塞感が漂い、その世相を反映してか、こうした演歌が人心の求める慰めに適ったのであろう。
しかしながら、経済的に豊かさが増し、思想的にも自由さがより開放的になった時代において、こうした楽曲は「べたつきのあるしつこさ」となって、気味悪く感じられるものになったのであろう。
同じ恋歌や悲恋ものでも、J-POPSに属する楽曲では、哀調にしつこさはなく、むしろ清潔感すら感じられるものが多い。それは、次に挙げる「心もよう」にも見られるところである。
そのため、多くの若者は後者を好み、選ぶのである。
これが時代の移り変わりというものであろう。
そうしたことは、島津亜矢さんが20年ほど以前から感じていたことである。そして、将来は力量感のある哀調が、歌謡には欠かせないものになるとして、自分の歌唱の本流に据え、それを押し通してきたことに、今、時代が叶うようになったのである。
それは、哀調の好みが陰性から陽性に変わる時代の到来を、見据えていたようである。
そしてようやく、この主旨の「哀調」が、最近歌謡界の主流になりつつある。そこには、島津亜矢さんの存在が大きく影響しているだろう。

 その意味では、この流れを見定められないできた演歌業界が、衰退の一途をたどるのもうなずける。この間に、大衆の人心は、すっかり演歌からJ・POPSへと移ったのである。
ただ最近、島津亜矢さんに遅れること20年、「演歌の乱 演歌歌手がJポップスで対決」などと銘打つ番組が出現したが、残念なことにその中味は、まだ散々である。
そこには、目先のカラオケ一辺倒に走ってきたことの、附けが廻っているのを感じる。附けとは、業界繁栄のための基盤である芸に対する工夫と努力を怠ってきたことの露呈である。
だが、遅まきながらでも、こうした番組の出現と、今後その充実が図れれば、演歌業界に新風が吹き込むかも知れない。だが、その新風の働きは、演歌がJポップスに吸収されて生き延びるのではなく、演歌にJポップスの良さを取り入れることの大事を認めることでなければならない。それが演歌復活をもたらすだろう。
そ結果の行き着く先が、島津亜矢さんにみられる力強さと明るさの歌唱なのである。

 島津亜矢さんの歌っている「悲しい酒」は、その辺りまでもよく分かるものになっている。
 それはまず、しつこさの壁を破っていることである。ここに努力と工夫の跡がある。
更に、詞やメロディーそのものが哀調に包まれているから、歌唱には哀調は必要としないのだと、この歌唱は無言で言っている。
歌い手が詞やメロディーにつられて哀調を表現しようとするから、「べたつきのあるしつこい歌」に聴こえるのではないかとも言っている。

 では、そうは言っても、島津亜矢さんの歌唱はどうなのかである。
「べたつき」のある歌唱に聴こえはしないのか、従来の「べたつき」の歌唱とどこが違うかを問いたい。
 確かに一見、「べたつき」の歌唱に聴こえるが、そのように聴こえる「べたつき」の質が全く違っている。
そこには、一種の緊張感と清新さが漂い、美しさがある。悲恋ものに付きものの冷たさがない。
それは、哀調の美に正面から向合っているからである。だから暖かさを覚える。その結果、「べたつき」ごときに見える哀調表現には、美しさがみられるのである。
では、それはどのようなものかである。
一般的な哀調の特色である「もの悲しさ」だけを、訴えているのではないことにある。
「愛」とか「恋」においては、表面の現象だけの歌唱表現では、いくら情感が込められても、その良さ・美しさは充分に伝わらないだろう。そうした歌唱は、歌唱から情感が遊離して一人歩きするから、芸にはならないことが多い。
島津亜矢さんの哀調表現の美しさは、その「もの悲しさ」という垣根を越えて、「もの悲しさ」が生じようとする流れの端に発する現象から、表現しているので美しいのである。
そのことを言い換えれば、多くの歌い手さんは、湖面に映る「愛」や「恋」の景色だけを表現しているが、島津亜矢さんはその湖面を湛(たた)えている水の色まで表現している。映る景色はその水の色によって違うことを表現しているのである。
そこにあるものは、芸の奥深さである。
その奥深さの中に、「べたつき」の破壊に挑戦する肝の座った覚悟が、見え隠れしており、それが「もの悲しさ」を清々しい美の境地へ誘っているのである。それは歌に対する心がけの違いでもある。
だから、歌唱を聴く者の心に渦巻くものは、悲しさの悲壮感ではなく、悲しさの持つ美しさである。その美を発見することに感銘を覚える歌唱となっている。
言葉を変えれば、それは哀調の芸術的表現化がなされているということである。
 ここに堕涙で歌うオリジナル歌手にない、島津亜矢さん「特有の哀調」表現がある。
堕涙で哀調を誘うのも一つの方法であり、美の芸術的表現で哀調を誘うのも、これまた一つの表現である。
その良し悪しは、表現している哀調を、受け止めて聴く者の感性によって異なる。それはそれでよいとも思われ、そこに個性があると見るべきだろう。

 こうして、島津亜矢さんの歌唱を裏返して聴いてみると、「しつこさ」の壁を破っていることや、演歌業界に工夫と努力の不足が蔓延していることを、見破れるものになっている。
 ここまで多角的に、歌唱の表現を突き詰めて聴ける歌い手さんは、何人いるであろうか。
 そして、若い諸氏に話題を振り撒くような目覚しい華々しさは、島津亜矢さんには少ないが、工夫と努力で確実に新しい歌謡の新時代を切開いている姿がそこにある。それを「悲しい酒」の哀調表現から感じて欲しいと思う。
 更に、若い諸氏において楽曲の題名を聴いただけで毛嫌いすることなく、歌唱に奥深さを見い出す力を付ければ、そこに音楽の楽しさを何倍も味わうことができると思われる。
何故なら、島津亜矢さんの歌唱のそこには、暗さや冷たさはなく、明るさと暖かさがあるからである。これは喜怒哀楽を表現するすべての歌唱に言えることである。

 次稿は、「京都から博多まで」を採り上げたい。


 野の中でながめる空に赤とんぼ 秋の訪れついに現る


幹の④-② 「善」③-②-⑳-⑨~風姿花伝 第七 別紙口伝 「秘すれば花」、その本質⑦-⑥~「芸の魅力」⑳-⑳克服した芸域の空洞化 (下の中⑬)アルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」⑮-⑤-⑧-⑩-① 


 
投稿者  安宅 関平

 これまで、島津亜矢さんの力強さの持つ「哀調」の主旨が、歌謡界の主流になりつつある要因を探ることを第一に、加えて島津亜矢さんの「哀調」が、原型から現在までに変遷した様子、更には「哀調」が垣根の無いマルチ歌唱においても必要不可欠なことなどが分かればと、欲張った目的をもって、歌唱をグループ分けしながらそれらを探ってきた。

 そこで本稿は、その最終にあたる第五歌唱群の哀調について考えてみたい。
 第五歌唱群に採り上げた楽曲は、「裏道の花」・「悲しい酒」・「京都から博多まで」・「心もよう」・「麗人抄」の五曲である。
 この五曲の楽曲に共通していることは、「男と女の愛」を、歌っていることである。男女の間に起きる「愛」の苦しさ・悲しさを、他の何かで紛らわせないほどの、どうしょうもない状態を表現したものである。
そこには、人間の弱さをみることができよう。しかしながら、これはある意味では、動物としての人間の存在理由を持ち合わせていることでもある。
 それは、自然界で起きる動物的本能の欲望によるものだからである。
つまり、人間の男女間における「愛」とか「恋」に生じる苦しみや悲しみの根源は、この自然界で子孫を残そうとするための、動物的本能に基ずく欲望にあるからだろう。
本来、自然界では、最も強いオスだけが、自分の子孫を多くの残せる仕組みになっている。そのための強さを巡る戦いは絶えることはない。
一方、メスは、強いオスを受け入れることで、自然界に適応できる強い子孫を残す本能が働いている。
それによって、自然界でその動物群の生態系が、末永く持続できる仕組みになっている。

 そうした意味では、人間は利口にできている。
恥辱心という道徳をいつしか創り上げて、異性を求める欲望をセーブして生きるようになっている。
そのため、野生動物のようなことは起きない。ただその分だけ、野生動物には無い、苦しみや悲しみを味わうことになる。

 第五歌唱群は、島津亜矢さんがこうした男女間の愛に生じる苦しみや悲しみを味わうその根源を、分かりやすく適確に表現していると思われる歌唱として、採り上げてみたものである。しかもそこには、楽曲のリズムやテンポなどの調子の異なる曲調であっても、同質にそれを見せていると思われるものに焦点を当ててみた。
 だがそれには、聴く者の側において、哀調の正しい理解は欠かせないだろう。
その理解は、表現している哀調を受け止める「感性」に係っている。
ということは、第五歌唱群の哀調は、特殊なものだからである。

 では、その特殊性とは、どのようなものかである。
まず、島津亜矢さんには二種類の哀調があった。
一つは、「一般的な哀調」が持つ「もの悲しさ」である。
もう一つは、四つの特性を持つ島津亜矢さん「特有の哀調」である。
 そこで、いままで見てきた哀調とは、どのようなものであったかである。
第一歌唱群でみたのは、自立する美しさの感動に見る哀調だった。
第二歌唱群では、回顧や、世の変化の非情さによる哀愁を見る哀調だった。
第三歌唱群では、男気や任侠心を、歌唱の裏で支える哀調だった。
第四歌唱群でみたものは、人道を説くために用いられた毅然とした哀調だった。
これらのすべての哀調は、島津亜矢さん「特有の哀調」である。

 ところが、この第五歌唱群では、それらにはない全く異質なものを匂わせている。
その異質性は、「哀調」そのものが持つ一般的な「もの悲しさ」をみるものである。この「もの悲しさ」の哀調の姿に正面から取組んでいることである。
そこで何が異質かといえば、本来、哀調なるものは、歌唱に付随して楽曲に対する感性を豊かにする働きを負託されたものであるから、正面から取組むことはないものである。にもかかわらず、正面から取組み、その美しさを前面に出している。
言葉を変えれば、哀調のフェロモンを大量に発しているのである。
更に言えば、フェロモンそのものを歌っていると言っても過言ではないものもある。
そしてその哀調は、聴く者が求めているというよりも、押し付けられているようにも感じられる。こうしたところがいままでにない特殊なものであり、異質なところである。

 そうした意味では逆に、それは哀調の「美」そのものの表現であるといってよいかと思われる。
ただ、その場合は、哀調の「美」を押し付けられる感の強さに、哀調のしつこさが出やすく、嫌われやすいことがある。
ところが、島津亜矢さんの歌唱では、それがないのが不思議である。
純粋に美しく感じる。
そこには、道徳という「理性」の部分と、愛という「感情」の部分を、巧みに使い分けて表現しているからであろう。
そのため、「愛」や「恋」という感情の、遣(や)る瀬なさの表現が、聴く者において実感として感じやすく、その実感がその人の理性によって「美」に変化するからであろう。ここが、他の芸人さんには見られない芸の魅力を感じるところである。
 それが、島津亜矢さんの哀調にみる特殊な美といえるだろう。


 そこで、そうした哀調の美を、第五歌唱群に探してみたい。
 先ず、「裏道の花」である。
この楽曲は、1999年、28歳のとき、「都会の雀」のB面として、シングルでリリースされている。また、DVD・「リサイタル2009 熱情」でも歌っている。
ただ、愚者はDVDでの歌唱は極力避け、CDで楽しむことを基本にしている。それは音と画像の両方を同時に楽しむ器用さが備わっていないからである。歌を聴くには、音に集中しないと本当の良さの発見が遅れるという悔しい思いを何度も繰返している結果である。不器用な人間は、どこまでも不器用なのである。
 さて、この頃の島津亜矢さんは、青年期の芸が佳境に入っている時期でもある。だから、はつらつさが感じられる。
そのはつらつさを以って、歌唱全体に哀調を忍ばせている。
それは、出だしに若干の不気味さがあるが、曲全体にわずかばかり感じるビートを、はつらつさで生かし、下向きな女性の愛に対する確固たる決心を、歌い手が心に植えつけた歌唱にしていることでそれが分かる。
こうして歌唱全体に哀調を忍ばせ、弱々しさを表現をする一方で、異性に対する密かな思いを感じさせるところは優しく、時には力強く歌って、印象に残る哀調表現をしている。
それは、
   「白い花咲いた 小さな小さな花だけど」
は、優しくして、
   「ひっそり咲いたよ 裏道の花」
は、強く通る声で歌い上げている。
この優しさと強さで歌い上げる双方の愛に、何故か哀調の美がある。
そこに愛することの深い味わいと、恋することの美しさが感じられる。
と言うのも、優しさの個所は別として、強く歌う箇所には、本来、哀調は似つかないものである。だからそこには深い味わいや美しさは、生じないはずである。
だが、この楽曲での歌唱には、その強さの部分に哀調がよく馴染んで美しく聴こえる。
この馴染みと、そこに見る味や美は、島津亜矢さん特有の技芸であることを知るべきであろう。
これが島津亜矢さんにしか表現できない哀調の美なのである。
そこには島津亜矢さんの歌に対する信念の思想が詰まっている。
というのは、この力量感のある「哀調」は「慰め」から「生きる力」に変わる時の美しさまでを捉えたものである。
ここに「哀調」表現の、革命に似た新風を起したのである。
そして、この「哀調」表現は今後の歌謡界に必要なものであり、必ず理解してもらえるとして、自分の歌唱の保守本流に据え、押し通してきたものである。
これが、この積年の間に亘り努力を重ねてきた、力強さの持つ「哀調」の主旨である。
その主旨による芸の内容は、明るさと強さが宿る哀調の芸である。この表現には積年の間に亘る血と涙の努力の結晶が詰まっている。
その積年の努力が実り、新風の理解が強まって、この「哀調」の主旨が、歌謡界の主流になろうとしている。

 ところで、「悲しい酒」・「京都から博多まで」・「心もよう」・「麗人抄」等々は、次稿に譲りたい。


 泣き濡れた花にさく実のやらかさに 言ひそびえたる思い絶えなむ