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幹の④-② 「善」 ④花鏡 ①「題目六ヶ条」①緊張感が誘う「一調・二気・三声」 ④芸質を変えるイノベーション ②新たな新鮮味 ①感応的なスキル(技能)



 投稿者  安宅 関平

 ここからは、「新たな新鮮味」について考察してみたい。
「新たな新鮮味」とは、新しいイノベーション(新基軸)の兆しのことである。そこにあるのは、島津亜矢さんでしかみれない独特の官能的なスキル(技能)である。ここに、島津亜矢さんの真骨頂がある。
 島津亜矢さんは、これまでの33年間の芸能活動で、数多くのイノベーション(新基軸)を発揮してきた。この時機に、営業力のある芸能事務所に所属していれば、演歌復活の道は確実に開けたろうと思われる。だが反面、そうではなかったことが幸いして、熊本魂が首をもたげ、イノベーション(新基軸)の開拓や、その発揮につながったのかも知れない。
今回も、その兆しを見ることができた。

 それは、2019年5月28日の「歌コン」の番組である。
 この番組では、演歌の楽曲が1曲、POPS調の楽曲が10曲、併せて11曲を9人の芸人さんが披露した。
島津亜矢さんは「愛燦燦」と「RIDE ON TIME」の2曲の披露だった。

 島津亜矢さんの披露した楽曲のうち、「RIDE ON TIME」は、POPS色構成を敷いた番組の、主たる楽曲だった。
楽曲は、若い世代が好感を以って受け入れやすい性質の、リズムを有するものであった。
他方で、この若い世代が、「本物の歌唱」の魅力に目覚るきっかけとなった島津亜矢さんに、期待した歌唱のジャンル楽曲でもあった。
更に加えれば、島津亜矢さんの、この世代へのアピール願望に適うものであった。
こうしたことから、この選曲は納得できるものだった。

 だが、「愛燦燦」の披露については、美空ひばりさんに関した理由から来たもだったが、番組構成に理解力の乏しい素人には、何か場違い感を抱く楽曲として受け止められた。
しかも、それを番組の冒頭に据えたのも、また不可解だった。

 ところが、番組が終ってみると、冒頭に据えたことが却って印象に残るものになっていた。更に、番組の内容や芸の流れからも、演歌に対する異質感は感じられなく、それが却って不思議にも思われた。

 そこで、愛燦燦」が何故、印象に残り、異質感を覚えなかったかを考えてみた。
するとそこに見えたのは、「イノベーション(新基軸)の兆し」という感触だった。
 だが、「イノベーション(新基軸)の兆し」の感触を見たからといって、1曲の演歌の立ち位置が、POPS10曲を披露するその冒頭という位置にあっては、多勢に無勢ともいえる勢いに押されて、演歌が印象に残ることは極めて難しいものである。それは、つま弾(はじ)き的に異質感を感じやすい舞台となるはずである。
しかし、何故か、そうしたことが見られなかったことは幸いだった。

 そこで、その要因を探ると、島津亜矢さんの「歌唱の工夫」が、演歌という楽曲の性質を、わずかばかり変質させていたことであった。
つまり、島津亜矢さんの鋭い「感応的なスキル(技能)」の発揮によって、楽曲の性質が、演歌の性質から若干離れたものになって聴こえたのである。
このわずかばかりの変化が、楽曲から受ける印象に大きな影響を及ぼしたものと思われる。
これは、感応的なスキル(技能)による歌唱で、楽曲から受ける印象が、あとに続く10曲のPOPS調の楽曲に、馴染んで感じたからであろう。
このことを誰にも気付かせない程の芸の自然さが、島津亜矢さんの特質である。

 ただ、これは随分あとで気付いたことであるが、この「工夫した歌唱(=感応的なスキル(技能))」の発揮は、過去にも折々みられたことである。
そのことが分かるのは、過去に披露した同一の楽曲を聞き比べることである。それによって、歌唱は時と場所で変化を見せていることがわかる。
具体的には、中島みゆきさんのカバー曲・「時代」の歌唱に、それがよく出ている。
手許にある5曲の「時代」を耳にしてみると、そのすべてに表現を変えている。
これは、時と場所や、観客の有無、更に観客の質(たち)によって、その場の「気」を見ながら、芸を披露しているためである。

 しかし、こうしたことは、他に多くの芸人さんにも、みられるはずである。
だが、島津亜矢さんの場合は、何故かそこに無理や無駄がなく、「気」によって生まれた自然な美しさだけが突出して聴こえる。その美しさは、時と場所の環境に適っているから、より強調されるのである。
更にそれが1年、2年の時間を置いて聴き直すと、時と場所に適っていた「気」は消えて、「気」から生まれた美しさだけが残っている。だから、何時までも新鮮で飽きのこない歌唱になっているのである。ここら辺りに神業の域をみる思いがする。
これが「工夫した歌唱」であり、「現代歌唱の道」を切り開いた島津亜矢さんの特質となっている。

 さて、そこで番組が終ってみると、番組は現代的感覚を備えながらも、演歌の古典的雅(みやび)な雰囲気と懐の深さの影響が、最後まで及んでいたことに、驚きを隠せなかった。
これも、結果として「工夫した歌唱」によるものであった。
この当たりの詳細は、後刻、投稿の機会があると思うが、今回この「工夫した歌唱」によって「愛燦燦」は、これまでの島津亜矢さんや他の芸人さんが披露してきた「愛燦燦」とは、違った印象を受けるものになっていた。
こうした歌唱技に、「イノベーション(新基軸)の兆し」という価値をみたのである。

 ところで、かように感じた自然さの現象は、素人が無意識の内に感じたものであるから、見方によっては些細なことだとして、気に留めない人もいたであろう。
ただ、気に留めず見逃す場合に注目したいのは、その些細なことが、これまで他の芸人さんも、島津亜矢さん同様に発揮出来ていたか否かの見定めである。その上での見逃しであれば、それはそれでよいのではとの思いはある。
何故なら、鑑賞の個性を、そこにみるからである。
ただ、この見定めるときに必ず気付くのは、島津亜矢さんの芸のそこには、「新しさ」の発見をみることである。しかし、それを些細だと考える場合には、その発見の味の良さは、味わえないかも知れない。
 そして、見逃す芸の内容に「美」に関する深い事案が含まれていると、それを些細とするには、何か忍びないものがある。
例えば、番組冒頭の「愛燦燦」の歌唱表現でみた雅(みやび)さと懐の深さが、番組の最後まで影響するその美しさを、どう捉えたかである。
それらの美を、鑑賞方法の違いとして捨てられるとき、あえて抵抗しないが、そこには空しさを覚えるものがある。
 と云うのも、この芸に島津亜矢さんの「工夫の汗の跡」が現れており、しかもそれが効果を挙げているだけに、見捨てることが惜しい気になるのである。

 こうした地道で些細と思われることの蓄積が、芸には大切であろう。
というのは、それがいつしかイノベーション(新基軸)そのものにつながるものであり、芸の新鮮さはここから発生するものだからである。
華やかな芸の世界を支えているのは、実はこの地味なイノベーション(新基軸)に挑む努力の世界である。
つまり、イノベーション(新基軸)なるものも、また、芸の新鮮さなるものも、ある日突然にできる性質のものではなく、努力の積み重ねからくるものである。
 そこで芸を楽しむ大衆に大事なことは、芸人に知名度や人気の上昇を求める前に、地味な努力を積み重ねるその貴重さを認め、称(たた)える鑑賞力を、持つことだろうと思われる。それが良い芸人を育てる秘訣でもあろう。
島津亜矢さんの芸を楽しんで、すでに鬼籍に入られたファンの方々は、こうした努力を惜しまず、芸人を支えていたのである。
以前に、島津亜矢ファンは人格が優れていると評したのは、このことから来ている。

 さて、本稿の中段以降で採り上げている番組の印象を、現代的感覚と、雅(みやび)さを伴う懐の深さだとした。
そしてそれは「工夫した歌唱」による影響としたが、その「工夫した歌唱」の詳細な中味を、次稿で採り上げたい。


 宵々に乱れる枕いかならむ いづれの方の夢の面影



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幹の④-② 「善」 ④花鏡 ①「題目六ヶ条」①緊張感が誘う「一調・二気・三声」 ④芸質を変えるイノベーション ①演歌復活の挑戦 「望却来」



 投稿者  安宅 関平

 本稿では、島津亜矢さんが2019年5月28日の「歌コン」でみせた、「歌唱の変化で芸の変質化をみるイノベーション(新基軸)」の兆しを感じた芸について、考察してみたい。

 まず、そのイノベーション(新基軸)が、何故に生まれたのかである。
それは演歌のたどってきた歴史からして、必然の結果だったのである。
そこで、必然の結果であることを確認したく、2019年5月28日放映の、「歌コン」の番組内容を検証してみたい。

 番組は、9人の芸人さんが11曲を披露した。
演歌の楽曲が1曲とPOPS調の楽曲が10曲だった。島津亜矢さんは演歌とPOPSの各1曲ずつを披露した。
 因みに、「歌コン」の前身である「歌謡コンサート」の2012年9月11日の番組では、10人の芸人さんが11曲を披露し、そのすべてが演歌であった。島津亜矢さんはこの時、「感謝状」を披露している。
こうして、7年前の番組から今回の番組をみると、隔世の感がある。

 では、その要因は何かを考えてみたいが、その前に、現在の島津亜矢さんの頑張りについて触れておきたい。
それは、演歌もここまで冷え込んでくると、もう以前の繁栄を取戻すのは困難を極めそうであるが、島津亜矢さんは何故か演歌に誇りをもって、その復活に毅然と挑戦している。
今回の「歌コン」においても、J-POPの「RIDE ON TIME」を披露する一方で、美空ひばりさんの映像とコラボして、「愛燦燦」も披露するなど、果敢に演歌の冷え込と戦っている。


 ではここで話を戻して、演歌凋落の要因は、何かを考えてみたい。
 評論家やマスコミは、時代の流れだと言っている。だが、必ずしもそれが正論とは思えない。
その答えは簡単だからである。
それは、演歌の業界が大衆に好まれる市場開拓や人材育成を怠ってきたことにある。
そして、その怠りのひとつの因子に、美空ひばりさんの存在が大きかったものと思われる。

 美空ひばりさんが1947年から1989年までの、42年間に亘った芸能活動で、演歌に関わった功績は絶大なものであった。それは、演歌の道を切開き、大衆に広め、不動の音楽へと押上げたことである。だが、それを継承する後継者の育成が必ずしも十分ではなかったことが残念だった。ただそれは、これだけの重い荷物は、誰も背負いきれなかったからであろう。

 それにしても、育成の不十分さは結果として、演歌の業界全体を美空ひばり偏重に追い込んで、「美空ひばり依存症」という弊害を呼んだのではないかと思われる。
それは美空ひばりさんの歌唱楽曲売上の1億枚超にみられるように、演歌に美空ひばりさんの寡占状態を招き、更なる「美空ひばり依存症」の加速を余儀なくされものと思われる。

 経済社会でも、市場が自由競争にさらされている時期は、いろいろと新しいものが生まれ、活気と頼もしさがある。だが、競争で勝ち抜いた者が、市場を寡占すると、その市場は衰退に向い、弊害だけが残るのである。
 人はそれを時の流れだと言って事を収めようとするが、それは詭弁である。
本当に必要な物であれば、勢いを落としてもまた必ず形を変えて復活し、競争を始めながら盛り返すものである。
伝統工芸・手工芸品等の業界がそうである。一時、プラスチック等の石油化学製品に市場を奪われ衰退したが、今では竹製品・木製品・陶磁器・ガラスなど本物志向によって好まれ、復活している。

 この演歌業界もそれとよく似ている。それは演歌は日本にとって必要だからである。
 だが、美空ひばりさん没後30年経った今まだ、残念なことに「美空ひばり依存症」は続いている。いまだに美空ひばりさんの歌は好い、歌が上手い等と賞賛し感激している。それは逆に、演歌が今日まで衰退しながらも、持ち耐(こた)えてきたのは、底辺に美空ひばりさん存在の、寄与があったことの証でもある。

 ところが、現在の若者達には、美空ひばりさんの存在感が薄らいでいる。存在していたことすら、知らない者がでてきている。
このことは、30年も後継者不在の演歌界では、魅力を感じる機会をなくしていたからであろう。
一方でPOPS界では、次々と魅力の新人が現れては消えている。新陳代謝が激しいのである。
すると、興味は必然的にそちらへ移り、演歌は誰もが見向きもしなくなってきたものと思われる。
このままでは、その第二の美空ひばりさんを輩出できなかったことの弊害が更に表面化して、劣化現象の激しさを増し、業界を苦しめることになるだろう。

 では何故、美空ひばりさんのような優れた後継者の輩出ができなかったのであろうか。
それは、当初、何も美空ひばりさんだけが特別に優れた芸人だった訳ではなかったはずなのに、それがいつしか、冒頭でも述べたが、演歌を生活の糧としていた人達が、「美空ひばり依存症」にかかり、その後の人材の発掘や育成を怠ってしまったからである。
そこには楽をして得を取る権力と金力の力学が働いたからであろう。そしてそれは、今も続いている。
だが、演歌業界に居座る人たちは、そのことについていろいろと弁明するだろうが、それは演歌歌手の多くがPOPSを披露しなければならなくなっている現状においては、説得力は乏しいだろう。
 これが、冒頭で指摘の、演歌のたどってきた歴史から、イノベーション(新基軸)が生まれる必然性なのである。
その必然性を証明したのが、島津亜矢さんの芸だったのである。


  そこで、星野哲郎氏が1986年に蒔いた種の島津亜矢さんが、誰もが成し得なかった美空ひばりさんの寡占状態に、風穴を開けようとしているのである。しかし、それはパンドラの箱に手を掛けるようなことになるかも知れない。
それでも、島津亜矢さんの性格からすると、恐れず挑戦していくだろう。

 というのも、今となっては演歌の復活は、美空ひばりさんの寡占状態に風穴を開けることでしか、適(かな)わないからである。それはすでに演歌を甦らせる条件として宿命になっている。
だが、これは大きな関門で、いままで多くの芸人がこれに挑戦してきたが、ことごとく退(しりぞ)けられている。美空ひばりさんを乗り越えるには、並みの努力や修行では、敵(かな)わないのである。


 ところで星野哲郎氏は生前に、美空ひばりさんの寡占状態に風穴を開ける芸人の「理想とする器」を、描いていたようである。その実現を、島津亜矢さんに期待していたのではないかと思われる。
 それは、ある時に吐いた言葉に、そのすべてが詰まっていたように思える。
「あなたのおかげだよ」という言葉がそれである。
これは、星野哲郎氏がある受賞時に、島津亜矢さんに対して吐いた言葉である。
弱々しい声の短い言葉ではあったが、ゆっくりと噛み締めるように吐き出していた。
その感じでは、そこには何か別の思いも詰まっているようでもあった。
 その思いとは何かである。

 概してこの言葉は、「受賞はあなたの歌唱によるものたよ、ありがとう」との、思いの表現として受け止められる。
だが内実は、それに別の思いもあったと感じても不思議はない。
 別の思いとは、今回の喜びを、星野哲郎氏自身は最後と思うが、島津亜矢さんには、「本当の芸」の始まりの喜びと位置づけたことである。
そしていつか遠い将来に、成長した島津亜矢さんから星野哲郎氏に、「ここまでこれたのは、恩師のおかげです」との言葉が、オウム返しに寄せられる時期が到来したとき、今のこの二人の喜びは初めて本物の喜びになるとの意味が、含まれていたものと思われる。

 それは何故かと言えば、星野哲郎氏は島津亜矢さんを門下に加えた当初から、35年後、島津亜矢さんが50歳を迎えるまでには、技芸と精神面を人並み以上に努力して磨き、それによる心・技の成長を求めていたからである。
その成長を求めた目的は、「望却来」の開眼にあったのであろう。
「望却来」の開眼とは、芸人は技術も精神も高い位置に達したときは、もう一度低い位の芸に立ち返れというものである。
そこには、芸の新鮮さを保持する秘訣が、詰まっているからである。
 星野哲郎氏は、芸が常に新鮮であれば、美空ひばりさんの寡占状態に風穴を開けられると、踏んでいたことから、「望却来」が演歌復活に挑戦できる資格だと考えたのであろう。

 しかし、この当時80歳の老境にある恩師の吐く言葉に含まれた深みは、35歳前後の島津亜矢さんには、いま少し重くて解し難い時期でもあったろう。
だが、その島津亜矢さんも48歳という年齢を重ねた今は、人を育てる芽生え感まで生じようとしている折、老境の師の深みある言葉を解するには充分ではないにしても、随分と深く解せられる時期に来ているのではないかと思われる。まだ充分ではないというのは、80歳の老境の心理を充分に解するには、まだ30数年も時間がかかるからである。

 ところで、2019年5月28日の「歌コン」での島津亜矢さんの芸の披露が、ようやくにして、美空ひばりさんの寡占状態に風穴を開ける芸人の姿として、表面化してきたと感じたことは大きな収穫であった。そのきっかけは、そこに「歌唱の変化で芸が変質化するイノベーション(新基軸)」の芸の兆しを見たことにあった。
その芸の内容は、既存の芸にまで新たな新鮮味を加える、感応的なスキル(技能)である。
 この新鮮味については、長くなるので次稿で、改めて採り上げたい。


 真新し障子戸を開け見渡せば 稲葉青みる風の色かな



 幹の④-② 「善」 ④花鏡 ①「題目六ヶ条」①緊張感が誘う「一調・二気・三声」③人を育てるイノベーション



 投稿者  安宅 関平

 さて、前稿で挙げた一連の状況を、世阿弥は下記のようにまとめている。
 「 緊張感は芸の大切な要素である。しかし、それをほぐす術(すべ)を持たない芸人は、芸をつまらなくする。ほぐす術(すべ)を得るには、人格を磨くことである。」と。
 これは、緊張感とは芸を上手く見せようとする気負いから起きるものである。その気負いのある間は、芸は上手くならない。気負いは、芸の未熟さにある。未熟さは稽古不足にある。稽古不足は努力不足にある。努力不足は心の甘さにある。心の甘さは人格の不足にある。
そこで、人格を磨くことで、それまで逆回転していた車が正常に戻り、緊張感をほぐす術(すべ)が身につくのである。緊張感をほぐす術(すべ)が身につけば、芸は気負いのないものに変わる。芸が変われば、芸の大切な要素である緊張感が、生かされるというのである。
 島津亜矢さんは、「緊張します」を芸の度ごとに口にしながら、堂々とした歌唱で人心を掴む芸を重ねるのは、この緊張感が芸の要素として生かされているからである。
 「題目六ヶ条」はその意味で、芸が変わるのを見定める定規として活用でき、「一調・二気・三声」の精神は、その変わる芸を始めるときの心得を説くものなのである。

 では、そうした芸とは歌や舞いを披露しているときだけを、言うのではない。そこには、それ以外の時間帯を支配することも含まれるはずである。つまり、舞台に上がり舞台を降りるまでのすべてが芸である。
そこで「芸が変わる」とは、歌や舞い以外のこともその範疇に含まれることになる。これをおろそかにすると、舞台全体のイメージにその影響が及ぶことになる。
 ここからは、このことについて考えてみたい。

 そこで、舞台に上がり舞台を降りるまでを芸とするその典型を、島津亜矢さんの出演した歌番組でみることができる。それを参考にしたい。
それはいずれも何の変哲もない、従来どおりの番組であるが、そこにはそれぞれカテゴリーの違う芸質の変化をみることができる。
つまりそれは、歌や舞い以外のことで「芸が変わる」印象のものと、歌唱の変化による芸の変質化という、この二種のイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しである。
 まず、その番組とは、2019年4月12日、NHK「新・BS 日本のうた」である。いまひとつは、2019年5月28日放映の「歌コン」である。

 では、2019年4月12日のNHK「新・BS 日本のうた」から、歌や舞い以外のことで「芸が変わる」印象のイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しを見てみたい。
 番組の出演者は、島津亜矢さんを含む女性10人で、うち、ベテランが3名、若手7名という構成であった。
これは新鮮だった。新鮮とは、ベテランも若手も伸びやかに芸を披露していたからである。というのも過去に島津亜矢さんの出演した番組には、時折どういう訳か、ベテラン勢に力が入ったり、ある時は若手に伸びやかさが欠けて感じることがあったからである。
今回はそうしたことを感じることもなく、新鮮さが勝り、美しさと楽しさが先行した。
中でも、朝花美穂さん、門松みゆきさんの若いお二人の芸には、身を乗り出しかねない魅力を感じたりした。門松みゆきさんの「俺の出番はきっとくる」での歌唱のスケール感は、故・岸洋子さんの若い頃に似たものを感じ、さらに言えば芸の要素は、島津亜矢さんの21歳頃のものに、やや近いものがあるように思われた。その素養を生かし、業界のおかしな仕来たりに邪魔されることなく、芸人として素直に成長していかれることを祈っている。
 更に、島津亜矢さん・城南海(きずき みなみ)さんによるスペシャルステージは、島津亜矢さんが演歌系中心、城南海(きずき みなみ)さんはPOPS系中心の芸を展開し、お二人の安定した歌唱力に魅了された。
進行面では、お二人の間にやや不慣れから来るぎこちなさを感じる一面があったにもかかわらず、気取りのない、ありのままで心の純真な姿が、温かな新しい魅力を創り上げていた。
このように、この歌番組は従来の番組の延長線上のものとして、楽しさを満喫できた。

 では、こうした番組のどこに、島津亜矢さんのイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しを感じたかである。
それは、島津亜矢さん・城南海(きずき みなみ)さんのスペシャルステージの内容の中にあった。そこにあったのは、人を育てると言うキーワードである。
 島津亜矢さんは、20歳近い年齢差をみる城南海(きずき みなみ)さんを、相方に迎えてのスペシャルステージである。
そこで舞台の進行は、当然、島津亜矢さんがリードすることになる。
それは、島津亜矢さんらしく「慈愛」が前面に出た包容力で、相方を包み込み、励ましながら芸を進めるという手法が終始取られていた。
なかでも自分をさて置き、城南海(きずき みなみ)さんの持つ芸の素養を発揮させるのに、細心の注意と心を砕く姿は、城南海(きずき みなみ)さんのしなやかな芸風を生かすのに、充分なものがあった。
 その手法の特徴の第一は、相方が楽しく伸びやかに芸が発揮できるようにとの温かな気配りである。それは所作や仕草のあちこちに現れた。
 第二は、島津亜矢さんが、相方の芸の好さや人柄が滲み出るようにと努める姿の中に感じたものである。それは相方の立場、心境、技量等に敬意を払い、その人格を尊重しながら対処していたことである。
それが、相方との掛け合う対話や言葉に、些細なぎこちなさや、かみ合わなさが生じても、そうしたことは相方に対する敬意と人格の尊重という対応がすべてを吸収し、互いの素直さによる自然な美しいさが強く印象に残るものとなっていた。このおおらかな包容力が、観衆に芸の違和感を与えることなく、進行のスムーズさにつながったものと思われる。
 それが他方で、相方に安心感を与えて、舞台全体が和める雰囲気を醸し出し、結果として、舞台に清潔感と新鮮な美しさを生み、興味深い面白さにつながったものと思われる。
こうした島津亜矢さんの対処姿勢の最大の見所は、人を育てる芽ばえが出ていると感じたことにある。

 ところで、人を育てる芽ばえ感の発生は、この番組のデレクターの所為(せい)によるものである。
デレクターは、島津亜矢さんもそろそろ、人を育てる心得を持つ時期に来ているとして、暗にその機会を作ったのではと感じたのが、芽ばえ感をみたそもそもの発端であった。
島津亜矢さんは、そのことを察知したか否かは別として、デレクターの思惑どおり、人を育てる心の芽ばえを見せたのである。
その芽ばえの様子には、上記にも挙げたが、進行にやや完璧さを欠く部分が見られた。何事も完璧で隙(すき)を見せない島津亜矢さんにしては、それは些細なことであるにしろ、珍しいことかと思われる。それは相方の所為ではなく、番組製作者の所為でもない。芽ばえの所為である。

 ところで、そこで、ハタと気付いたのは、島津亜矢さんの対処方法が、星野哲郎氏の人間性の影響を受けていると思われたことである。だが、それは島津亜矢流になっていて、独自の新しい人を育てる手法であった。
 その手法は、番組のデレクターが、島津亜矢さんの今後の芸に対するマクロ視点から善しとした試みに、対処したことから生まれたものである。それは、デレクターの期待以上に「育てる」ことの成果を見たと思われる。
 デレクターの期待以上の成果とは、それは相方の城南海(きずき みなみ)さんのような、若い芸人を大人の芸の世界へ優しく誘導する方法としては、価値観の多様化したこの時代に適(かな)った手法かも知れないからである。このような軟らかい誘導手法は、デレクターも初めての、新しい発見であったろうと思われる。
その意味でこの対処の仕方を、人材育成のイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しと感じるのは、強(あなが)ち過ちではないと思われる。
 さて、プロデュサーから、新たに突きつけられた課題を、今後、島津亜矢さんはどう凌駕するかを注意深く見守りたい。これもまた楽しみの一つである。

 以上が、2019年4月12日、NHK「新・BS 日本のうた」の番組から感じた、島津亜矢さんの新たな出発点と思われたイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しである。
 さて、こうしたイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しという認識は、歌や舞い以外で時間帯を支配する芸の中から、見い出したものである。
つまり、この番組から歌や舞い以外の時間帯も「芸が変わる」範疇に含まれるとした典型の事例を抽出したものであり、それが舞台全体のイメージに影響が及ぶとした事例である。

 次稿は、2019年5月28日放映の「歌コン」における、歌唱の変化で芸が変質化するイノベーション(新基軸)の兆(きざ)しを見てみたい。


 散りはてて花影もなき木(こ)のもとに 春の日にみた風のみさわぐ


 幹の④-② 「善」 ④花鏡 ①「題目六ヶ条」①緊張感が誘う「一調・二気・三声」②



 投稿者  安宅 関平

 芸は「一調・二気・三声」の体制を整えてから披露すべきと、世阿弥は説いている。
島津亜矢さんもすべての芸は、この体制を整えて披露しているようである。
前稿で記したように、体制を整える様子は判り安い。素人でも仕草や所作で感じることができる。
 当初、これらの様(さま)を見たとき、浅はかな愚者には、単に緊張から来ているものとばかり思っていた。だが、それは大きな間違いだと分かったのは、島津亜矢さんの本当の芸の姿が、この体制を整える様子の中にあると感じた時であった。

 本当の姿は、確かに緊張は絡んではいるが、それは芸に対して高度な絡み具合にあることだ。
絡み具合が高度であるほど、「一調・二気・三声」の芸態を誘いやすく、誘われた芸態は、緊張感をほぐす働きを活発化させるのである。
その働きとは、心の中へ特殊な平常心を呼び戻すことである。
特殊な平常心とは、芸に対する不動の信念から来る自信の伴われた「集中力」である。
この「集中力」によって、落ち着いて充実した芸を披露できる能力が誘発され、心地よい気分の感情の高まりで、緊張感がほぐれるのである。
島津亜矢さんの本当の芸の姿とは、このように体制を整える時の様子に見る緊張が、芸への高度な絡み具合で、心にこうした変容をきたして、芸に入れることである。

 しかし、こうした本当の姿を秘めた仕草や所作の外観が、素人にとって単なる緊張から来るとした思い違いを起すのは、何故かである。
それは、島津亜矢さん自身が舞台での芸の披露に、「緊張します」「緊張しました」と、口癖のように発するのを聞くからである。
島津亜矢さんの芸に馴染んだ者にとっては、そうした言葉はにわかに信じがたいのである。
何故なら、充実した芸を、毎日のように堂々と舞台で披露し、それを30数年も続けているからである。それはもうベテランの域と感じていることから、慣れていると思うのも無理はないだろう。そこで緊張することが不思議なのである。不思議とは、慣れない方が可笑しいと思うからであるが、そうした思いこそが、勘違いをする要因だったのである。

 というのも、慣れることのそこには、注意を要する見えない闇の世界が拡がっているからである。
その世界とは、「慣れ」が芸に馴染んでくると、芸のキレや艶が衰えがちになり、魅力が薄れてくるのである。これは芸の劣化を意味する。芸の劣化は芸を枯らすことにつながっている。
この劣化が芸に伴う「慣れ」の特質的欠点であろう。慣れることの盲点の怖さがここに潜んでいる。これが注意を要する見えない闇の世界の広がりからくる結果である。
しかし、島津亜矢さんの芸には、その衰えがちなところは、感じられない。むしろ、益々の充実感をみるに至っている。
と云うことは、舞台における慣れがないということである。
慣れがないということは、「緊張しました」は本当のことであって、外交辞令ではないことを意味していたのである。

 ところで、緊張と慣れは対極の現象である。ここが面白いところである。
 では、島津亜矢さんはどうして慣れないかである。
元々、緊張なるものは永く持続できるものではない。永ければ必ず途中でその糸は切れるものである。それを切らさず続けることは至難であり、疲労困憊することである。そうした性格の緊張が、舞台に立つたびに生じては、身も心も耐えられないはずである。
ところが島津亜矢さんは身も心も耐え、誰よりも健全を保っている。それは元々健康体であるということもあろうが、それだけではない何かが起きているのである。
 いったい、何が起きているのであろうか。
 それは、「慣れ」に変わるものが生まれていることである。身体が持ち堪(こた)えるのもそのためである。
「慣れ」に変わるものとは、「一調・二気・三声」の芸態からくる集中力という強い精神性である。これには心地よい楽しさが伴われている。上記において、この心地よい楽しさが、緊張を和らげるとしたことを思い出す。
前述のように、緊張の生じるたびに、そうした強い精神性の働く本当の姿が、仕草や所作に秘められた外観にみられ、また内面で、緊張感の解けていくのを自覚している様子が、形相の変化で読み取れる。
ただ、この精神性は、芸人であれば誰もが自然に出てきて働く訳ではない。誠実さと真剣さの伴う芸にのみ、現れるものである。
島津亜矢さんが身と心を健全に保っていられるのは、こうしたことによるものである。
「緊張」と「慣れ」は対極であることの面白さとは、こうした緊張感をほぐす術を持たない芸人においては、「緊張」に疲れれば、すぐ「慣れ」に走ってしまうことである。世阿弥は、機会あるごとに「楽は芸を滅ぼす」と説いている。

 前稿で挙げた島津亜矢さんの歌唱「津軽のふるさと」「I will always love you」の2件の芸での仕草や所作は、2015年44歳時のものである。
これは、仕草や所作に感じる「一調・二気・三声」の精神性が、緊張の生じるたびに顕著に働きだし、その働きは必然的に、心中で走る廻る緊張感を和らげていることが見えるようになったことの典型的な事例である。
しかし、この傾向は顕著ではないにしても、この44歳頃より4年ほど前からみられたことである。
また44歳の2015年以降も、それと同様なことがある。
2017年2月19日、渋谷のオーチャードホールでの「中島みゆき リスペクトライブ 2017 歌縁」で、披露した「紅灯の海」や、2017年5月16日、NHK第46回・うたコン「大切なあなたへ 心に響く愛の言葉と名曲を」の舞台で、「時には母のない子のように」を披露した折にも、同様の仕草や所作がみられたのである。
 更にまた、前稿において採り上げた「観客、歌い手、バックバンドの三者一体で展開される芸の好さ・美しさ」とした事例には、2016年2月、EXシアター六本木での「姿月あさと・島津亜矢ジョイントコンサート」がある。これについては、2017年10月15日に投稿しているから、ここでは繰り返さない。
またある人は、島津亜矢さんのジャズも、三者一体の傾向が見られると言っていた。
ジャズについては、門外漢で判りづらかったが、2018年10月、東京オペラシティにおける「SINGERコンサート2018」でのジャズナンバーを聴いた折には、なるほどと納得したものである。

 話は反れるが、島津亜矢さんの歌唱は、ジャンルを問わず実に解かりやすいのが特質である。そのためか、今まで毛嫌いしていたものや、興味の持てなかったジャンルのものまでもが、島津亜矢さんの歌唱によっていつしか関心を持つようになった。
今回のジャズもそうであるし、POPSや洋楽においても、2010年10月リリースのアルバム「SINGER」によって興味と魅力を感じたものである。元をただせば、演歌そのものも無縁なものだったにも関わらず、もう無縁とは言えなくなっている。その要因は、ジャンルを問わずいずれの歌唱もそれだけ理解しやすかったからである。

 ところで、このように島津亜矢さんの「歌の極致を目指す」解かりやすい芸を愛でるには、芸の始まるほんの一瞬の所作に、「一調・二気・三声」の世阿弥の精神が詰まっていることを嗅ぎ取れれば、そこで高まった知見は芸の楽しさを更に増してくれると思われる。
しかも「一調・二気・三声」の精神には、芸全体を支配し、芸術にまで押上げる秘めた力が備わっていることから、それを生かすも殺すも、芸人の力量次第であることを知っていると、伸びる芸人か否かまで、嗅ぎ分けられるかもしれない。


 哀れなるわが世老け行く遠き音のほのかに聞こゆ山ほととぎす


 幹の④-②「善」 ④花鏡 ①「題目六ヶ条」 ①緊張感が誘う「一調・二気・三声」


 投稿者  安宅 関平

 2019年5月1日より元号が「平成」から「令和」へと変わった。
これを機に、投稿内容の舞台も、「風姿花伝」から「花鏡」へ移してみたい。

 世阿弥の秘伝書・「風姿花伝」は、世阿弥が芸の成長期だった44歳頃に完成したものである。これは、父・観阿弥の教えを、まとめたものと言われている。
一方、秘伝書・「花鏡」は、22歳で父・観阿弥を亡くした世阿弥が、観世座の太夫を引き継いでからの経験をまとめたものである。芸の成熟した62歳頃に完成している。
 この二編は、内容はよく似ているが、目的が違っている。
「風姿花伝」は、成長期に似合うごとき、基本芸を光り輝かせて発展させようとするところがある。
一方の「花鏡」は、成熟期らしく、芸に落ち着きと思慮深さを、細部にまで求めている。

 これまでは、島津亜矢さんの成長期の芸に焦点を合わせ、「風姿花伝」を参酌しながら、その基本芸の楽しみ方を探索してきた。
しかし、今日(こんにち)の島津亜矢さんはすでに、33年の芸歴と48歳という年齢を迎えて、芸風も成長期から成熟期へ入っている。
そこで今後、歌の極致を目指す島津亜矢さんの芸を愛でるには、「花鏡」が参酌の拠り所に適っているかと思われる。

 では、芸の成熟期に合うと思われる「花鏡」についてである。
「花鏡」は、「題目六ヶ条」から始まっている。
「題目六ヶ条」は、次の六項目で構成されている。
 第一条 一調・二「気」・三声         声の出し方
 第二条 動十分心、動七分身        心と身体バランス
 第三条 強身動宥足踏、強足踏宥身動  足と心の動き
 第四条 先聞後見               耳と目の働き
 第五条 先能後其物成、後能其態似    役になりきった後に演技せよ
 第六条 舞声為根               一句の余韻を作り、芸に入る
である。

 第一条から第四条は、五感(=視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚)と心とのバランスを、第五条、第六条は芸をなす前の心得を、それぞれまとめている。
これらの内容は、理に適ったものばかりである。
 そこでこれからは、島津亜矢さんの芸を楽しむにあたって、この「題目六ヶ条」で、参考になると思われるところを抜粋して検討してみたい。


 島津亜矢さんが、芸歴33年と年齢48歳を迎えたこの時節の、芸の「花」は何であろうか。
それは、熟した大人の芸に、残っている若さをまぶし、故・星野哲郎氏仕込みの人間性を前面に出していることである。それが芸に深みと安定・安心感を覚えることにつながっている。
そのためか、多くの老若男女に親しまれている。中でも最も苦心してきた若年層への浸透には、目を見張るものがある。
こうした幅広い大衆に親しまれる要因は、何であろうか。
その要因を見つけるヒントが、「題目六ヶ条」のなかに詰まっているように思われる。


 世阿弥は、「題目六ヶ条」でまず、声の出し方を説いている。
 「 一調・二気・三声とは、楽器の奏でる「調子」によって、心の中で音程を整え、よく「気」に合わせて、目をふさぎ、息を内に取って、そこで「声」を出すようにすれば、発声の具合が調子にかなうのである。
音程だけ測っておいても、「気」に合わせないで声を出すと、発声の具合が調子に合うということは、ちょっとそれはむずかしい。
 調子を気の中にこめて声を出すようにするから、一調・二気・三声という順序になっているのである。また、語句に影響しない微細な曲回しは、顔の振りようでうまくあしらってゆくようにせよ。
これらのことをよく頭に入れて翫味しなければならない 」
と、している。

 このことを簡単にいえば、バックバンド(=楽器)のリズム(=調子)によっては、それに対処するよう心(=気)の働きを合わせて音程を整えて、目をふさぎ、息を合わせて声を出せば、リズム(=調子)とよく合うというのである。
そこで、はじめにリズム(=調子)があり、次にリズムに対処する心(=気)があり、最後に声(=歌声)を出す、という順序になるのだと言っている。

 世阿弥はこのことを、「調子をば気が持つなり」と冒頭に記している。
それは、歌の調子はバックバンド(=楽器)が作るのであって、歌い手が作るものではないといっているのである。大事なことは、歌が生きるのは、バックバンド(=楽器)のリズム(=調子)があるからだとした、洞察のできることである。
つまり、ここに芸人のリズム感の、良し悪しの大切さを説いている。
リズム感の良し悪しの大切さとは、心にあるリズム感を、バンドに寸分違わずに合わせられることである。バンドが芸人にリズムを合わせるのではない。それでは、発声の具合が調子にかなわないというのである。
それは当たり前のことであるが、現実はそうとも言えないことが多いからである。
このように、歌い手がバンドに寸分違わず合わせられるか否かで、バンド(楽器)を生かせた芸になるか、生かせない芸になるかが決まるのである。
歌の上手さが出るか否かの差は、ここの違いから来ているとしている。
このことを「調子をば気が持つなり」の第一義の理としている。

 また、観客は歌い手の歌唱に注目する。歌い手はバックバンド(楽器)に注目する。バックバンド(楽器)は観客に注目する。
このように注目度が、観客、歌い手、バックバンド(楽器)と連鎖しながら平均化され、そこに注目度の濃淡がなくなることで、三者の一体となった芸が展開されるとしている。
イントロは、その準備の大切な時間である。その一瞬の時間が、芸の好さと美しさに結びつき、楽しめる芸の基盤だとしている。
だが、それは歌い手の心がけ次第だという。
これを「調子をば気が持つなり」の第二義の理としている。


 ところで島津亜矢さんは舞台で、この「一調・二気・三声」の芸態を、素人にでも判るような仕草で見せることが折々ある。
 その事例の一つは、2015年1月、日本歌手協会主催の「新春歌謡祭」で披露した「津軽のふるさと」である。
 それは、舞台に前奏が流れるなか、下手から姿を現し、司会者と観客にそれぞれ丁寧に一礼する。そのあと一呼吸入れて、前奏を聴きながら静かに目を閉じる。さらに口元に僅かな動きを見せて息を整える。そして、やや声を殺しながら静かに歌いだす。この一連の動作は、まさしく「一調・二気・三声」の精神そのものである。
 さらに二つ目の事例は、2015年2月、NHKの第902回・歌謡コンサート「歌こそ我が人生・真剣勝負名人戦」で、「I will always love you」を披露したときである。
 テレビ画像は、司会者が島津亜矢さんの努力の紹介を終える頃に画面が切り替わり、舞台上の島津亜矢さんが映し出された。
その姿は少し硬さを感じる立ち姿である。目を閉じて正面を向き、口を真一文字に閉じ、左手に持つマイクに右手を軽く添え、その手は腰の位置に据えている。それは明鏡止水の心境をみる思いがするものであった。
司会者が「努力こそが歌手・島津亜矢を支えています」と語り終えた途端、呼吸を整えるかのように息を大きく吐き出し、すぐに小さく吸い込んで、前奏なしで歌い出す。こうした仕草に「一調・二気・三声」の精神をみる。
ただ、前奏がないだけにバンドと「気」を合わせるのは芸に入ってからとなる。芸の途中からバンドに呼吸を合わせる困難さは、計り知れないものがあると思われる。だが、それを「一調・二気・三声」の精神が、難なくこなしている。芸の感動は、こうした中から生まれるのである。
 島津亜矢さんの芸が大衆に親しまれる要因は、好い芸だからであるが、好い芸とは、芸の始めに「一調・二気・三声」の精神ありきの芸である。

 当初、これらの様(さま)を見たとき、浅はかな愚者はこれは緊張感から来ているものと思っていた。だが、それは間違いだと分かった。
島津亜矢さんの本当の芸の姿は、このなかにあると思ったのである。
「本当の芸の姿とは」については、次稿に移したい。


 ありし夜を恋しく偲ぶ庵(いおり)には嵐来たるも君は来たらず